« 『家族のレシピ』の快さ | トップページ | 『ちいさな独裁者』の救いのなさ »

2019年2月11日 (月)

昔、『噂の真相』に書かれた

岡留安則氏が亡くなったというニュースを聞いて、昔、彼が編集長をやっていた『噂の真相』に書かれたことを思い出した。当時はこの雑誌の名前は知っていたが、たぶん読んだことはなかった。新聞社に勤めていた時だが、ある時文化部の記者が私の机にやってきた。

「古賀君、『噂の真相』に載ってるよ!」。私は一瞬、当時仲良くしていた若手女子社員のことかと思って青くなったが、そんなはずはない。蓮實重彦氏を批判する記事に私の名前が出ていたのだった。

たまたまその号は、東京高等検察庁の則定検事長の女性スキャンダルが載っていて、それを朝日新聞が一面で追いかけたことが話題になっていた。「「うわしん」の情報が「朝日」の一面に引用されるなんて」ということで、とりあえず「朝日」社内では、多くの人が買っていた。

私も慌てて買いにいった。則定スキャンダルはトップ記事だが、7番目に「蓮實重彦の映画界への悪い影響力行使の“評判”」という4ページの記事があった。私の名前は始めの方に出ていて、以下のように書かれていた。

「本人が出しゃばってくるというよりも、蓮實の薫陶を受けた教え子や信奉者を巧みに操ってその“政治手腕”を発揮してるんです。例えば、朝日新聞が東京国立近代美術館、国際交流基金と主催した『ジャン・ルノワール、映画のすべて。』という映画上映とシンポジウムなんかその顕著な例ですよ。朝日新聞社側の責任者、古賀太が東大表層批評ゼミ出身で、蓮實の教え子なんです。古賀は東大を卒業後、国際交流基金の職員として働いたのち、この企画の直前に朝日新聞の学芸部に転出した、いわば蓮實の子飼いなんです。それだけならまだしも、このイベントの内容がさんざんなんです」(朝日関係者)

その後で料金が高いとか、満員で入れないとかのイベントへの不満が続く。これを読んだ時、私は怒った。まず、東大卒でないし、蓮實さんの授業は受けたこともない。ルノワールのイベントは、私が企画して蓮實さんにはカタログに書いたり、シンポジウムに出てもらったりしただけ。「操って」は間違い。

私はこの号を持って会社の法務部へ行った。そして間違いだらけの記事に会社として抗議してくれと頼んだが、相手にされず、「するなら個人で抗議してください」と言われた。箱島社長の頃だから、いろいろ忙しかったのだろう。

それから1カ月ほど、いろいろな人から「うわしん」に出ましたね、と言われた。だんだん得意になって、その記事のコピーを持ち歩いて飲み屋で酔うと見せるようになった。今思うと恥ずかしい。

さきほど書き写した1999年5月号は、本棚の奥にあった。自分が作った映画祭や美術展のカタログや共著の棚にあったので、笑ってしまった。もはや20年前のこと。開けてみると最初に風俗の広告があり、中には筒井康隆、田中康夫、ナンシー関やアラーキーの写真日記などの連載があって抜群におもしろい。あっという間に時間が過ぎた。

|

« 『家族のレシピ』の快さ | トップページ | 『ちいさな独裁者』の救いのなさ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 昔、『噂の真相』に書かれた:

« 『家族のレシピ』の快さ | トップページ | 『ちいさな独裁者』の救いのなさ »