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2019年3月24日 (日)

『多十郎殉愛記』の時代劇らしさ

4月12日公開の中島貞夫監督の20年ぶりの新作『多十郎殉愛記』の試写を見た。時代劇であることと、93分という短さに興味を持った。結果は予想通りというべきか、チャンバラのエッセンスだけを煮詰めて見せるような、ちょっとヘンな映画だった。
要するに、孤独を貫く男が京都町奉行の見廻組の集団とチャンバラを繰り広げ、それを女が遠くから慕う、それだけの話である。それに至るまでの経緯や必然性はほとんど説明しないので、まるで抽象劇のようだが、純度は高い。
多十郎(高良健吾)は、長州を脱藩して京都で無為の日々を過ごしている。時おり小料理屋に行っては、若女将のおとよ(多部未華子)に会う。おとよは多十郎を愛していたが、彼はあえて距離を保つ。
京都町奉行は新選組の動きを警戒し、見廻組は脱藩者を取り締まる。そこへ多十郎の弟が勤皇の意志を胸にやってきて、見廻組に目をやられる。多十郎は傷ついた弟をおとよと逃がすために、何十人もの見廻組を相手に大立ち回りをする。最後は見廻組の隊長(寺島進)と戦う。
冒頭に桂小五郎(永瀬正敏)が出てきて何やら議論をしているが、よくわからない。ところが途中で大勢の見廻組が「御用」と書かれた提灯を持って走り出すあたりから、だんだんとだん乗ってくる。見廻組の連中の顔つきがどれもいい。そしてとうとう多十郎を見つけて長い戦いが始まるが、その殺陣の華麗さに見とれる。特に切られてゆく男たちの姿がきちんと写る。
高良健吾演じる多十郎は、最初から絶望的な表情で孤高を見せる。なぜそれほど孤独なのかはよくわからないが、刀を持つとやたらに強い。多少切られても我慢して戦い続ける姿が強く印象に残る。彼を思い続ける多部未華子のおとよはただ悲痛な表情を浮かべるだけだが、それでも強い。
映画の冒頭に、伊藤大輔に捧げるという言葉が出てくる。それで「御用」の提灯かと思った。「時代劇の父」と言われた伊藤の華麗なチャンバラを何とか後世に伝えようとがんばった映画なのかもしれない。その意志は十分に感じることができる。

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