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2019年3月 9日 (土)

暗澹たる読書、ふたたび:『帝国の慰安婦』

久しぶりに「暗澹たる読書」を感じたのは、朴裕河(パク・ユハ)の『帝国の慰安婦』。昨夏にこの著者の『和解のために』(2006)を読んで、あまりに落ち込んだので2014年に出たこの本は読む気が起こらなかった。ようやく関西の集中講義も入試も母の法事も済んで、手に取った。

この本によって著者は元慰安婦たちから名誉棄損で起訴され、まだ係争中のはず。そんなこともあって、読むのは気が重かった。しかし、読んでよかった。今はこの本が出た5年前よりも日韓関係はもっと悪くなっているが、この本を読めばその理由もよくわかる。以下、かいつまんでまとめたい。

この20年間の韓国における慰安婦のイメージは「強制的に連行された少女20万人」というもの。その象徴が2011年にソウルの日本大使館前に作られた少女像である。彼女は素足で、まるでいきなり連行されたかのよう。さらにチマチョゴリを着ているのも、当時としては珍しいはずという。「少女像はあきらかに、実際の慰安婦であるよりは、気高い独立闘士になっているのである」

筆者によれば、朝鮮人慰安婦の平均年齢は25歳。17歳の少女が「まだ早い」と送り返された証言もある。20万人については8万、12万など諸説あるが、その最大値。さらに直接日本軍や警察に連行された者はほとんどおらず、多くは朝鮮人や日本人の業者によるもの。

さらに日本兵と恋仲になった女性や後に結婚した女性の証言も挙げながら、この20年で「挺対協」に都合のよい、ごく一部の証言だけが固定化されてきたと書く。挺対協とは「韓国挺身隊問題対策協議会」の略で、少女像を作った団体だが、「挺対協の元メンバーが長官や国会になり、慰安婦問題関連でさまざまな賞を受賞するようになった」

「挺対協が普及させてきた慰安婦のイメージは、韓国内では小説や漫画、芝居や歌として再生産されてきた。そして二〇年間再生産されてきた過酷で悲惨な<慰安婦の記憶>は今や韓国の集団記憶を支配している」

もちろん筆者は日本軍が正しいとは一行も書いていない。彼女は慰安婦問題を「帝国と冷戦」の問題として普遍化する。「慰安所は表面的には軍隊の戦争遂行のためのもののように見えるが、その本質はそのような「帝国主義」と、人間を搾取して利潤を残そうとする資本主義にある」

「そういう意味では日露戦争の日本人慰安婦も、太平洋戦争時の朝鮮人慰安婦も、日本の敗戦後にアジアに駐屯し続けることになった米軍のための韓国人・日本人慰安婦、さらに遠くからやってきているその他の国の現代の慰安婦たちも、基本的にはすべて、国家や戦争あるいは戦争待機のために動員させている人たちである」

つまりは、慰安婦問題も沖縄基地問題も「帝国」(=現代ではアメリカとそれに従う国)の問題になる。

筆者は「河野談話」や「村山談話」を踏まえて、日本政府が今後すべき対応を示しているが、これについては後日。


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