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2019年3月 4日 (月)

『幸福なラザロ』に震える

イタリア映画には、時々強烈な土の匂いのすることがある。ヴィスコンティの『揺れる大地』(1948)とか、ロッセリーニの『ストロンボリ』(50)、パゾリーニの『アッカトーネ』(61)、ベルトルッチの『1900年』(76)、タヴィアーニ兄弟の『父 パードレ・パドローネ』(77)などなど。そしてそれは、なぜか聖なるものにつながってゆく。

4月19日公開のアリーチェ・ロルヴァケル監督『幸福なラザロ』も、その系譜に連なる映画だった。見終わって、聖なる力が沸き起こってくるようで、全身が震えた。

映画の前半は、山奥で小作制度で暮らす貧しい人々を描く。ラザロは働き者だが、お人好しで仕事を押し付けられる。そこにデ・ルーナ侯爵夫人がやってきて、丘の上の邸宅で監督官のニコラから説明を受ける。イタリアでは小作制度は廃止されていたが、夫人は村人に知らせずに支配を続けていた。

夫人の息子タンクレディはそんな母親に反抗するために、ラザロを仲間に引き入れる。タンクレディの反乱は、思わぬところから警察につながって、ドラマは予想外の方向に。

後半は、誰もいなくなった山村にラザロが現れるところから始まる。廃屋となった邸宅から売れるものを盗もうとする強盗たちに連れられて、ラザロは都会に出る。そこでかつての山村の人々と出会う。いつの間にか、30年ほどたっていた。

田舎の匂いがむんむんと漂うような山村がいい。実は伯爵を演じるのは『ライフ・イズ・ビューティフル』などのロベルト・ベニーニ作品で知られるニコレッタ・ブラスキだが、あの笑顔を封じ込めてひたすら冷徹な金持ち夫人を演じる。

そこに現れるラザロは撫で肩でちょっと小太り。悪意というものを知らず、みんなに優しくする天使のような存在で、タンクレディにも気に入られて「兄弟」となる。

驚くのは、30年後のみんなの変わりよう。ニコラは外国人労働者に仕事を斡旋し、タンクレディはバーを営むジゴロのような存在。農村にいたアントニア(アルヴァ・ロルヴァケル=監督の姉)は強盗の妻で、相変わらずのラザロを受け入れる。「現代」があの素朴な人々をこう変えたのかと驚くが、ただ一人見た目も変わらないラザロから「聖なる力」が放出される。

大胆な構成で生々しい現実を神々しい域にまでまで高めたこの映画は、今年前半の外国映画で一番の傑作ではないか。

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