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2019年3月 1日 (金)

傘を持たない男たちのイメージ

昔、初めてパリに行った時の印象の1つに、フランス人はあまり傘をささない、というのがあった。日本人は折り畳み傘をこまめに持ち歩き、少し雨が落ちると慌てて差す。小雨ぐらいは気にしないフランス人をカッコいいと思った。

映画記号学者のクリスチャン・メッツが来日した時、「傘を持ち歩く面倒さよりも、雨に濡れる不快さを選ぶ」と言ったという話も聞いた。そんなこともあって、私も多少の雨なら傘を持たないことが多かった。

先日、須賀敦子の短編集『トリエステの坂道』を読み直していたら、『雨のなかを走る男たち』という短編が妙に気になった。まず、ギリシャのテオ・アンゲロプロス監督の『シテール島への船出』の終盤の一シーンが出てくる。男たちがカフェから雨の中を傘を差さずに走り出てゆく。

「顔をちょっとうつむけて、首をすくめ、まず背広のえりを立ててから、両手で上下の前をきっちりと合わせて、走り出す。それを見た瞬間、私は、ああ、あの走り方は知ってる、と思った」

須賀はこの映画を見て亡き夫の姿を思い出す。そしてこう書く。「ああいう格好をして走るのは、やはり職人とか工員とか、そういう階級の人だけではないか。そういえば、イタリアで暮らすようになって、ひとつ、びっくりしたことがあった。学生をふくめて、生活がぎりぎりという階級の男たちが傘を持っていないのだ」

この短編集は、『トリエステの坂道』を除くと、亡夫の家族を描いたものばかりだ。鉄道員宿舎に育った夫の家族や親戚はおおむね貧しかった。この本はその彼らに受け入れられた須賀の優しい眼差しに満ちている。

確かに、雨の中を背広の襟を立てているイタリア人やフランス人は現地でよく見た。それから映画でも見た気がする。イタリアのタヴィアーニ兄弟やエルマンノ・オルミ監督の初期作品とかにいたのではないか。あるいはイギリスのケン・ローチの労働者を描く映画でも見た気がする。

さてフランス映画はというと思い出せない。また昔の話に戻ると、傘屋というものがフランスにはめったにない。たまに見つけると、1本1万円からという高級店。大きなスーパーに行くとあるが、それでも2、3千円はする。ある時ドイツのカッセルで大雨の時、1000円を少し切る折り畳み傘を見つけて買ったが、すぐに壊れた。

かつてはヨーロッパに折り畳み傘はなかったと思う。今はパリでも5ユーロ(=700円)で中国製が買える。今も「傘を持たない男たち」はいるだろうか。

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コメント

シェルブールには雨傘屋がありましたね。後年は雨傘会社を経営したりしていました。

投稿: 石飛徳樹 | 2019年3月 1日 (金) 14時31分

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