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2019年3月20日 (水)

『運び屋』のありがたみ

クリント・イーストウッドの『運び屋』を劇場で見た。イーストウッドは長年、監督・主演を務めてきたがだんだん出なくなり、最近では『グラン・トリノ』(2008)が最後だろう。だから彼が主演で出てくるだけで、何ともありがたい気分になる。
最近では『ハドソン川の奇跡』にしても『15時17分、パリ行き』にしても、実際にあった出来事を、最小限の要素でシンプルに90分台のドラマに組み立てる名人芸が見られた。まるで「どんな事件も映画になる」と言っているようだが、それでいて社会への主張もはっきりしていた。
さて久々に本人が出てくるとどうなるかと思ったが、88歳にふさわしく今度はもっと力を抜いていた。彼が演じるアールは長年仕事の花作りに精を出し過ぎて、家族を放っておいた男。品評会では絶賛されて社交的に振る舞うが、妻や娘からは無視されている。
12年後、いきなり娘の結婚式に現れて物議をかもす。そこで出会った男に誘われて麻薬の「運び屋」になる。最初は麻薬で生きるメキシコ人たちからバカにされるが、だんだんと信頼を得て仲良くなる。ついにメキシコの麻薬王の家に招待される。
一方で麻薬捜査官ベイツ(ブラッドリー・クーパー)は、大物の運び屋の存在を掴んで追いかける。麻薬シンジケートでは内紛が起き、アールも巻き込まれる。そして捜査官との対決が始まる。
冒頭から、なぜかみんなの心をつかむアールの存在が見ていて楽しい。麻薬のゴロツキも麻薬王も捜査官も。ネットが嫌いで悪態ばかりついていていかにも要領が悪そうだが、なぜか難関を切り抜けるコツを知っている人生の達人だ。
この達人の一番の後悔は家族を大事にしなかったことで、これが捜査官との終盤の会話で凝縮される。まるで映画ばかり作ってきた本人の告白のようで、ぐっと来る。
今回も実話に基づくが、ドラマ性は少ない。さらに116分と長いが、イーストウッドののらりくらりと生きる生き方そのものがじんわり伝わってきて、何とも気持ちがいい。

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