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2019年4月26日 (金)

『マルリナの明日』に愕然

5月18日に公開されるインドネシアの女性監督モーリー・スーヤーによる『マルリナの明日』を見た。「ナシゴレン・ウェスタン」と銘打たれているが、ナシゴレンはインドネシア料理に出てくる甘酸っぱいチャーハンのようなもの。つまりは「インドネシア流西部劇」なのだが、これが愕然とする映画だった。

もっと西部劇のような、スタイリッシュで爽快な娯楽作品を予想していた。確かに何もない荒野が見えて、西部劇のような音楽が流れる。しかしその後は室内劇が多いし、それ以上に陰惨なうえに根源的な謎が支配していた。

マルリナの住む一見家にバイクでいきなり男がやってきて、これから仲間が大勢やってきてお前を犯すので食事を準備しろと命令する。彼女はそれに従いながら、食事に毒を入れて4人を殺し、最初に来た男にまたがって性交をしながら後ろに隠したナタで首を切り落とす。

驚くべきは、4人を毒殺する部屋に、夫の遺体がミイラのように鎮座していること。これはその土地の風習なのか。マルリナは男の首を袋にぶら下げてバスで警察に出かける。一方で殺された仲間たちを発見した一味の2人は、マルリナを追う。

妊娠した友人のノヴィは、マルリナが持つ首に驚く。マルリナは警察で事実を述べるが、警察官は全くやる気がなく、官僚的で要領を得ない。マルリナはその近くで出会う少女を抱きしめる。ノヴィはようやく夫に会うが、彼は冷たい。マルリナはノヴィを連れて、悪党2人の待つ家に帰る。

いやはやすべてが謎である。そもそもなぜ男たちがマルリナを襲うのかわからないし、簡単に殺されてしまうのも出来過ぎだ。なぜ警察に首を持って行くのか。なぜ警察は動かないのか。なぜノヴィの夫は冷たいのか。最後まで部屋に座ったように置いてあるマルリナの夫の遺体は何なのか。

確かなことは、男たちはむやみに自然に権力や暴力をふるい、女たちは怒っていること。女たちはそれをいつもじっと我慢して最後に爆発させる。終わりに西部劇のような音楽が流れると、何となく心が安らいでくるからあら不思議。

辺境の地で生まれた高度に知的な映画である。

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