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2019年4月22日 (月)

クリス・マルケルの『不思議なクミコ』をめぐって:その(2)

私のトークは『A.K.』と『不思議なクミコ』の上映後だったので、『A.K.』の日本語版ナレーションを担当した蓮實重彦氏に、どんなきっかけでやることになったのかを事前にメールで聞いた。その返事は「野上照代さんに頼まれたから」というものだったが、その時に「クミコ」さんが昨年亡くなったことが書かれていた。

詳細はご存知ないようだったので、私はクミコさんの話をしたことのある、パリ在住の渡辺純子さんと林瑞絵さんに連絡してみた。すると、去年の11月17日にペール・ラシェーズ墓地でクミコさんの葬儀が行われ、2人は参列したという。これは先日書いた(インタビューをした)ステファン氏も知らなかったし、日本ではどこにも書かれていない。

クミコこと村岡久美子さんがパリに住んでいるのは、亡くなられた字幕翻訳家の寺尾次郎さん(『不思議なクミコ』の字幕も担当)から昔聞いたことがあった。しかしその後は全く知らなかった。2人の話とステファン氏のインタビューをまとめると、彼女は1966年にパリに渡り、結婚して双子の娘がいて、うち1人が「Koumiko」という小説を書いている。

蓮實さんからの情報で、村岡久美子さんがジョン・フランケンハイマー監督のハリウッド映画『グラン・プリ』(67)に出ていることもわかった。ブルーレイを取り寄せて見ると、モナコの自動車レースを題材にしたアクション映画で、ジェームズ・ガーナー、イヴ・モンタンに三船敏郎が出ている。三船は本田宗一郎をモデルにした「矢村」を演じており、久美子さんは彼が連れてきた2人の「ヤムラガールズ」の1人。白い着物姿で彼女らしい微笑みを浮かべている。

渡辺さんに聞くと、「その話は久美子さんから聞いた。ゴダールの『中国女』にも出ている恭子さんの紹介で、ギャラで一年間暮らせたと言っていた」。撮影がモナコなので、パリから近かったのだろう。さらに調べていたら、『不思議なクミコ』の前に足立正生監督が日大映研時代に撮った『鎖陰』(63)に出ていたこともわかった。私が勤める大学なので、足立さんと同世代の小笠原隆夫先生からビデオを貸してもらった。

トークの前日に足立正生監督にお電話をして、久美子さんに出てもらった経緯を聞いた。彼は『不思議なクミコ』を長年見たいと思っていたが見ておらず、翌日の上映とトークにやってきた。そこで私は自分の話の途中で彼にマイクを回して語ってもらった。久美子さんはフランス語ができてシュルレアリスムやサドを読んでいて、映画も関心があるというので、出てもらったという。

ところが、現場では「あなたたちはシュルレアリスムなんてわかっていない」と怒り出した。足立さんは「そのくせこんなへなちょこなマルケルの映画に出て」。彼は久美子さんがパリに行ったことは知らなかった。電話では「パレスチナに若松孝二と行っていた頃にパリに何度か寄ったので、会いたかった」

もしパリで2人が会っていたらと考えるとおかしい。この話はまだ続く。

付記:渡辺さんと林さんのご指摘により、久美子さんの葬儀の記述を訂正(4/23)。

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