『〈いのち〉とがん』を読んで
坂井律子著の『〈いのち〉とがん』を読んだ。読んだのは、「朝日新聞」で旧知の河原理子記者が紹介していたから。著者の坂井さんはNHKのディレクターで、河原さんや私と同世代。がんになって死ぬまでを書いたと「朝日」で読んで、すぐに買った。
私は昨夏に胆石の手術で5泊入院してからは、何かと体のことが気になる。さらに母が亡くなってからは、死がずいぶん身近になった。だから同世代が死に向かう病床で何を考えたのか知りたいと思った。
著者はこれまで福祉や医療の番組を作って来たようだが、さて自分が病人だとどう見えるのか。副題の「患者となって考えたこと」はまさにそれを表す。一言で言うと、個々の医者や看護師は頑張っているけれど、社会や病院全体はがん患者の立場はわかっていないな、ということが書かれている。
私は高校生の終りから大学の始めの2年半ほど、肝炎で病院や自宅にいた。この本を読みながら、その時の先の見えない焦燥感を思い出した。
「私自身、この二年間もっとも辛いのは「倦怠感」「重苦しさ」「身の置き所の無さ」など、どう言っていいかわからない、その感覚であった。やる気が失われる。お米をとがなきゃ、とか洗濯物を取り込まなきゃ、といったなんでもない家事を、なかなかはじめられない。気がつくと一時間くらい平気で経っている。本も読みたくない、メールも打てない。スイッチがはいらなくなったポンコツとして、日々の夕暮れを迎える」
著者がこの本を書き始めたのは、「はじめに」に書かれている通り、がん発覚後2年たって再再発した時に、同僚の女性に勧められたから。「私の仕事はテレビ局の制作者。人に何かを伝えるのが仕事だ。だとすれば、職場には戻れなくても、仕事は別の形でしたらどうか?そう言うのだった」
これを書いたのが去年の2月で、亡くなる11月まで書き続ける。2016年5月に腹痛に始まって入院した時から思い出して、書き続ける。最初は帰宅中に渋谷駅で「ピザをアイスコーヒーで流し込み」帰宅後に激痛。最初は「逆流性食道炎」と判断されるが、10日以上たって超音波検査で黄疸がわかって入院。CT検査で「すい臓がん」と判明。
これから著者の書く「ジェットコースター」、つまり検査と治癒と再発、不安と安堵と絶望の極端な繰り返しが始まる。抗がん剤を始め、その詳細を記述する。胃腸障害と倦怠感と脱毛。味が感じられず、食感がなくなる。「砂のようなご飯に泥のようなハヤシルー」。
そんななかで、筆者は「相談の場」がないことに思い当たる。ようやく見つけたのが豊洲市場の近くの「マギーズ東京」。これはアメリカに始まった、がん患者のための相談場所。そこで筆者はくつろぐ。
河原記者の記事によれば、「あとがき」は11月4日に息子が口述筆記。亡くなる1週間前の19日に表紙の校正刷りを確認した。実はこの本には亡くなったことは書かれていない。夫か息子の一言が最後にあった方がわかりやすいとは思うが、あえてそれをやめたのだろう。渾身の書である。
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