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2019年5月 3日 (金)

天皇即位と「朝日」

新天皇の即位をめぐる「朝日」のおめでた紙面はうんざりだが、中にいくつかおもしろい記事があった。まず外部筆者がおかしい。1日朝刊に寄稿した作家の古井由吉氏は、平成元年を1991年と勘違いしたというボケのような話から始まる。

そして要は「私は丈夫な人間なのだが、時折大病に捕まることがあり、それが世の変わり目と前後する」という内容で、自分の病気の話が中心。天皇についてはおろか、「令和」という文字さえ出てこない。この意識的なボケぶりはすばらしい。

同じくらい確信犯なのが2日の金井美恵子氏の寄稿で、「「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」と語ったのだが、もちろん「平成」という日本だけの元号で歴史の年代を数える「国」の内部だけのことである」と平成天皇の言葉に疑問を呈する。さらに平成皇后に心酔している文章を書いた「日本を代表する現代詩人」の高橋睦郎と吉増剛造をからかう。

正面からの天皇論では、1日の原武史氏の談話がさすがに鋭い。

「ますます分断する社会を統合しようとしてきた感さえある。…だが一方で、本来政治が果たすべきその役割が、もはや天皇と皇后にしか期待できなくなっているようにも見える。そうであれば、ある意味では、昭和初期に武装蜂起した青年将校が抱いた理想に近い。民主主義にとっては極めて危うい状況なのではないか」

「令和時代の皇室で鍵を握るのは雅子皇后だと考える。体調の回復が難しい場合は、ストレスや障がいに苦しむ人を励ます存在となる一方、天皇と皇后そろっての行動ができにくくなり、天皇の存在感が増す。平成から大きく様変わりし、明治や昭和の時代のような権威化が進むことになる。/逆に体調が回復して外交官としての経験を生かせば、例えば東アジアでの日本のあるべき姿を追求する姿勢を示すこともできる。良妻賢母を体現したスタイルの美智子皇后とは全く異なる、新しい皇室像を打ち立てる可能性があるだろう」

2日朝刊2面の藤田さつき記者の記事は、原武史氏の考えの延長線上にある。「被災者ら、より厳しい状況に置かれている人々に対し、天皇が光を当て、国民が苦境を分かち合うというメッセージを発したことで、社会の統合に寄与した」「価値観やルーツの多様化が加速していく令和の時代に、このまま天皇に頼る「統合」のモデルは今後も通用するのだろうか。私たち国民も考えなければならない時を迎えている」

藤田記者は私が1997年に東大で非常勤を始めた時の最初の学生なので、少し嬉しかった。

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