展覧会をめぐる本:その(4)
去年の8月に出版記念パーティーに出てから読んでいなかったのが、若林覚氏の『私の美術漫歩 広告からアートへ、民から官へ』。この題名は、若林氏がサントリーの宣伝部長から文化事業部長、そしてサントリー美術館の副館長になって、その後昨年夏まで練馬区立美術館の館長を務めた経歴をそのまま示す。
個人的には若林さんがサントリー美術館の副館長だった頃に、お世話になった。私が新聞社の文化事業部から文字通り「飛ばされて」異動になった時は、お別れ会までしていただいた。
この本は個々の展覧会についてはあまり具体的に書いていないので、いわゆる「ランカイ屋」の回想録とは違う。彼の幼少の頃から始まって、サントリーに入社し、新潟営業所へ。
そのうえ、順番に書いていない。時おり練馬区立美術館長時代に書いたエッセーが混じる。2009年にサントリーで定年を迎えるが「33歳で課長、38歳で部長、46歳で事業部長、いずれも最年少で就任した。社員の資格としては、早くから最高位の常任理事」。定年後はサントリー美術館の顧問職を断って、早大の学芸員資格取得講座に通った。
そして翌年の4月に練馬の館長。海外の某館長の一言「日本の美術館長はおかしい。経営者がいない。我々の仕事の第一はファンドレイジング(お金集め)とマネジメント。ヒト・モノ・カネを結集して、どんな事業をやるか、そのために取るべきマーケティング戦略は何か、PRや広告をどうするか」
若林さんはそれを実行した。まず、ビジョン(「内外に開かれた美術館へ」)やキャッチフレーズ「ときめきの美 いま 練馬から」を作り、ロゴを制定する。このあたりはサントリーの元宣伝部長の面目躍如だろう。私は2015年に美術館の周囲の公園にできた「美術の森緑地」が一番印象に残っている。
アーティストが作った植栽彫刻やプラスチックの動物の彫刻が並んだ。すべて触れることのできるアートで、美術館に行くといつも付近の子供たちが遊んでいる。これが実はスペインのビルバオのグッゲンハイム美術館を真似した企画だとは、この本を読むまで知らなかった。ほかにも複数回の鹿島茂氏のコレクション展や「あしたのジョー、の時代」展など、若林さんらしい展覧会は記憶に残っている。
唯一心が痛んだのが、サントリー美術館時代の2008年秋に開かれたパリ・ピカソ美術館展の部分で、国立新美術館と同時開催だった。「サントリー単独も目標28万人に対して、実質19万人、収入減に加えて、借用料や保険料も膨らみ、多額の赤字となった」。これしか書いていないが、この企画を最初に持ち込んだのは私。この本を読んで改めて申し訳なかったと思った。
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