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2019年5月 4日 (土)

ユスターシュに浸る:その(2)

最初、ジャン・ユスターシュ特集と聞いた時、これは後で修復版ブルーレイが出るのかと思った。ところが前回の『ぼくの小さな恋人たち』もそうだったが、今度見た『ママと娼婦』(1973)も打ち込み字幕の35㎜だった。つまり、ブルーレイ発売の予定はない。

権利元の許可を得て、以前に使った国内にあるプリントを上映するというもので、こうなると俄然ありがたみが増す。噂によればユスターシュの息子がなかなか難しいらしく、デジタル修復などに容易に同意しないらしい。

というわけで、慌てて『ママと娼婦』を見た。考えて見たら、前に見たのは1984年、パリに留学した秋のはず。その時に、ものすごい疲労感というか焦燥感に駆られて、呆然として映画館を出てきた記憶がある。それからは見る機会がなかった。DVDが出たのは知っていたが、買う気にならなかった。

今回ほぼ35年ぶりに見て驚いたのは、いくつか台詞を覚えていたこと。ジャン=ピエール・レオ―が「私は自分に興味を持ってくれる女性しか好きにならない。すべては視線のレベルでわかる」「私は自分から女を捨てたことはない。女が去ってゆくんだ」とか。

その頃仏語の脚本を買っていたのを思い出した。そしてセリフを暗記していたわけだが、この2つのセリフを私はその後の人生で実行してきたのではないか。映画を見ながらそんなことを考えたら、気が気でなくなった。

映画は3時間40分もあるのに、会話しかない。まるで即興のようにアパルトマンで話し、カフェで話す。ジャン=ピエール・レオ―演じるアレクサンドルは、ブティックを営む年上の恋人マリー(ベルナデット・ラフォン)の家に住んでいる。冒頭には朝そこで起きて、それからカフェに行って「ル・モンド」を読み、昔の恋人ジルベルトと偶然に会って復縁を迫る。あるいは魅力的な女性ヴェロニカ(フランソワーズ・ルブラン)を追いかける。

看護婦のヴェロニカは、一度は約束をすっぽかすが、再度会おうというアレクサンドルの誘いに乗る。マリーがロンドンに数日出張した時に、ヴェロニカはアレクサンドルとマリーの住むアパートに泊まる。マリーが帰ってきて、3人の同居生活が始まる。アレクサンドルとヴェロニカが抱き合った時、マリーは急に睡眠薬を大量に飲んでアレクサンドルが慌てて吐き出させる。

1人の会話が長い。それもアレクサンドルは関係のない他人の話をえんえんとする。終盤、ヴェロニカが正面を向いて長い長い独白をするのが痛切だ。「娼婦なんていないのよ」。モーツァルトのレクイエムがふっと流れ、帰るヴェロニカをアレクサンドルが病院の寮に送ってゆく。

黒い固定電話が唯一の連絡手段。ヴェロニカがマリーの家に電話をしてアレクサンドルに変わると、マリーが子機で会話を聞く残酷さ。考えて見たら、屁理屈ばかり言うだらしないダメンズのヒモ男の話なのに、時がするすると過ぎてゆき、溶けるように永遠になってゆく。もう1回見たくなった。

 

 

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