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2019年6月11日 (火)

『日本統治下の朝鮮シネマ群像』の衝撃:その(2)

この本から私は日本統治下の朝鮮映画について実に多くのことを学んだ。1930年代から1943年頃までの朝鮮映画を見て現代の我々が一番驚くのは、韓国語がふんだんに使われていることではないだろうか。この本は今井正監督『望楼の決死隊』(1943)から始まるが、まずその言語のミステリーを解く。

冒頭に「昭和10年の頃」と出てくる。つまり1935年頃に設定されているが、舞台となる駐在所には「国語常用」の文字が何度か見える。著者によればこの文字が登場するのは第3次朝鮮教育令の1938年以降なので、これは「撮影時の風潮に映画が迎合した映像である」。

さらにおかしいのは、「朝鮮人同士が朝鮮語で会話を交わし、日本人警官と朝鮮人巡査の宴会では、朝鮮語の民謡が朗々と歌われる」「村人に訓示する駐在所長(高田稔)の背景の黒板には、日本語とハングルが併記してある」

この理由をこう書く。「一九三〇年代、朝鮮人の非識字率は、地方では約七八%もあった。つまり、八割近くが朝鮮語も日本語も読み書きできなかった(一九三〇年国勢調査)。だから新聞などの活字ではなく、映像と音声によって朝鮮民衆に訴えかける必要があったのだ。総督府による啓蒙手段としての映画が重視された理由でもある」

冒頭で歌われる朝鮮語の民謡は、「トラジ」という。これを歌う金巡査を演じるのは、「三〇年代にレコード歌手姜弘植として有名だった人物だ」。この映画は京城の一流劇場で上映されるが、「朝鮮人の観客にとって、往年の有名歌手が歌う朝鮮民謡『トラジ』は、どんなイメージを喚起したのだろうか」

さらに「重要なのは、『望楼の決死隊』では朝鮮人の役柄名が全員、日本人風の名前(設定創氏)でない点だ」「その答えは簡単に言うと、映画の設定が一九三五年頃だからと言うしかない。創氏改名は一九四〇年の出来事なのだ」。ならば、なぜ「国語常用」の標語が出てくるのか。

監督の今井正は戦前、学生時代に左翼運動で検挙された経歴を持つ。彼は戦時中にプロパガンダ映画を作り、戦後に再び左翼的な映画を作る。私の仮説は今井に朝鮮人へのシンパシーがあったのではないかというものだが、この本にはそうは書いていない。

まず、朝鮮総督府の調査で1943年末における日本語普及率は22.15%に過ぎなかった。だから「現実の社会相を描く映画の現場にあっては、西亀が指摘するように、題材に応じたリアルな言語表現で対応する方法論が模索されたのである。しかし、そこにも限界が訪れた。一九四四、四五年になると、セリフはオール日本語になった」。西亀元貞という重要人物については後に説明する。

「トラジ」の歌については、「「帝国内の地方色」として朝鮮の民族や風物詩を描くことは、なんら忌避されることではなかった。これは日本統治時代の朝鮮映画を見る際のポイントの一つだ」

確かなことは、43年までの映画は言語的には朝鮮の現実を伝えようとしていたことだ。この本については、まだまだ書きたい。

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