「浪曲映画」にハマる:その(1)
映画史において「浪曲映画」というジャンルはあまり聞かない。ところが実際にはそう呼ぶほかはない映画が何本もあるということを、今回初めて知った。ユーロスペースで始まった特集「浪曲映画ー情念の美学」には、映画の冒頭に浪曲師が出てきて挨拶し、途中でナレーション+伴奏音楽として浪曲をたっぷり聞かせる映画がいくつもあった。
『新佐渡情話』(1936年、清瀬栄次郎監督)は、冒頭に浪曲師の寿々木米若が出てきて挨拶をする。そして劇中のところどころで米若の浪曲が流れる。話は家を捨てた母が何十年後に娘と再会する話で、いやがおうにも泣かせる。
娘のお梅(花井蘭子)は父と共に、母を探して佐渡に来る。そこには母の兄がいたが、兄は放蕩ものだった妹には一切触れない。お梅の父親が病に倒れ、お梅は母の兄、つまり叔父に育てられる。お梅は成人し、叔父の息子の健之助と仲良くなる。
健之助は新潟の金持ちの商家に嫁いだお梅の母のもとで修行するうちに、そこの娘に気に入られる。一方お梅は佐渡の網元の息子に気に好かれて結婚を迫られている。お梅と健太郎は心中を図るが、そこに現れたお梅の母は、初めてそれが自分の娘と知って涙にくれる。
愛し合う同志が一緒になれない辛さ、それに加えて母娘が目と鼻の先にいながら会えない運命、それを浪曲の語りがコテコテにじっくりと奏でる。何とも俗っぽい感じでまさに浪花節。これは米若が吹き込んだレコード「佐渡情話」が空前のヒットとなり、それにあやかって作られた映画という。
チラシには太宰治がこの映画について書いた短文が載っている。「五年前、千葉県船橋の映画館で「新佐渡情話」という時代劇を見たが、ひどく泣いた。翌る朝、目がさめて、その映画を思い出したら、嗚咽が出た」「どうせ、批評家に言わせると、大愚作なのだろうが、私は前後不覚に泣いたのである」「人は、芸術よりも、おしるこに感謝したい時がある」
明治になって浪曲は漱石や荷風などの文豪が毛嫌いしたという。日本の古い部分を引きずっているいるからだろう。それを戦後派の太宰が「おしるこ」と呼んで開き直るから痛快だ。翌朝また泣いたというのがいい。
上映後、澤孝子という年配の浪曲師が「からかさ桜」を演じて、拍手喝采だった。満員の観客の多くは浪曲ファンのようだが、映画好きらしい人もポツポツ。浪曲映画の後に浪曲の実演で、そのパフォーマンス性はさらに高まった。自分の中の古いDNAが刺激されたようで、不思議な気分になった。
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