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2019年7月 6日 (土)

この世から「広告」が消えたら

毎日、ものすごい数の「紙」がたまる。新聞に挟み込まれるチラシの数は、週末にはとんでもないほど多い。ほとんど見る暇がないので、そのまま回収袋に入れる。新聞自体にも広告が半分くらいある。これがなければずいぶん薄くなるのだが、と思う。

それから毎日、大学にも自宅にも郵便物が届く。多くは住宅や時計や保険などの販売、デパートのセールなどの広告で、そのまま回収袋に行く。先日、セゾンカード会員向けで、私に「フランクミュラー」の1つ百万円はする時計のパンフが送られてきた。カード履歴を見れば、高級品は買っていないのはわかると思うが。

とにかく世の中広告だらけ。テレビやネットは広告はあってもモノがたまらないからまだいい。交通広告も実際は紙などの素材を膨大に使っているが、少なくとも消費者の手元には残らない。とりあえず一番手元にかさばるのは、チラシなどの紙の広告。

最近、プラスチックごみがやり玉に挙げられているが、紙の無駄も同じくらい環境に負荷を与えているのではないか。紙は木からできるから、紙が減れば樹木は長持ちするはず。もちろん紙はリサイクル可能だが、最近では中国が輸入を止めたため、再処理にかなりお金がかかるらしい。

資本主義の世の中なので、あらゆる種類の商品が世の中に溢れており、宣伝をして注目されないと売れない。膨大な宣伝費がかけられて、それが商品の値段に上乗せされる。「フランクミュラー」は印刷代に紙代と送料で1部200円かかっても、1万人に1人が買えば元が取れるという計算で送るのだろう。

日本は少子化でマーケットが小さくなる。モノは作り過ぎても売れはしない。そんなに新製品はいらないし、いいものを長く使えば十分だ。私も10年もしないうちに年金生活に入る。自分が欲しいものは、広告に釣られるのではなく、時間をかけて自分で探したい。もう「広告」はいらない。とりわけかさばる紙モノは欲しくない。

毎日送られて来る郵便物を見ながら、いまさらながら、そんなことを考える。

 

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