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2019年7月28日 (日)

我らプログラマー世代

先日、東京フィルメックスのディレクターである市山尚三さんの川喜多賞受賞のお祝いがあった。今年56歳でこれまでの川喜多賞では最年少という。市山さんはホウ・シャオシェンやジャ・ジャンクーのプロデューサーとしても知られるが、やはり東京フィルメックスを立ち上げから20年続けていることが大きいのではないか。

市山さんは2000年に東京フィルメックスを始める前は、松竹の社員として東京国際映画祭に出向していた。そこで担当した「アジア秀作週間」は好評で、後半は「シネマ・プリズム」として名前を変えて今の東京国際のアジア部門とワールドフォーカスを混ぜた感じだった。

当時はコンペなどがつまらなかったせいもあって、彼の部門は抜群に光っていた。1990年代の映画マニアにとって「シネマ・プリズム」だけが東京国際の救いだった。ロベール・ブレッソンの全作品上映などもその一部として企画された。

考えて見たら、東京国際映画祭のコンペ担当の矢田部吉彦さんは53歳、アジア部門の石坂健二さんは59歳でみんな私と同じ世代だ。石坂さんは私の大学院の同級生だが、最初は国際交流基金のアジアセンターで東南アジアの各国の映画を紹介する映画祭をやっていた。

石坂さんの前にアジア部門を担当していた暉峻創三さんも58歳で、今は大阪アジアン映画祭のディレクターをやっていて評判がいい。つまりは世界の映画を興行に先駆けて日本に持ってきているのは50代半ばのおじさん達である。

ついでに暉峻さんと同じ年の私も、昔はイタリアやドイツや韓国やポルトガルの映画祭を立ち上げ、リュミエール、メリエス、ルノワール、ホークス、ラング、ムルナウ、ドライヤーなどの回顧上映や小津や溝口の国際シンポをやった。今も懲りずに学生と映画祭もどきをやっている。

私は常々、映画批評や研究において、私より5歳から10歳上の世代、つまり四方田犬彦、中条省平、松浦寿輝、武田潔、中村秀之、長谷正人ほか各氏の優秀さに比べて、自分の世代は情けないと思っていた。さらに10歳から15歳下ると木下千花、藤井仁子、堀潤之、土田環、三浦哲哉、大久保清朗といった秀才たちがきら星のように並んでいる。そしてその下にはもっともっといる。

なぜ我らの世代にはそういう人々が少ないかと思っていたが、批評したり研究するよりも「見せる」ことを大事にした世代じゃないかと市山さんの受賞式で思った。英語で上映企画者をプログラマーと言うが、我らは「プログラマー世代」である。そう考えると、本も書かずに映画ばかり見ている自分が少し慰められた気がした。まあ、おやじの自己満足の世代論に過ぎないが。ちなみに、挙げた名前はおおむね年齢順で、たぶん忘れた方もいるのでお気にされないよう。

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