『あなたの名前を呼べたなら』で学ぶこと
8月2日公開の『あなたの名前を呼べたなら』を見た。インドの女性監督ロヘナ・ゲラの長編デビュー作で、去年のカンヌの批評家週間で賞を取ったという。題名が思わせるぶりだが、原題はSir、「ご主人さま」など目上の人に使う言葉。
邦題にも実は似たような意味がある。この映画はメイドのラトナと主人のアシュヴィンが恋をする話だが、ラトナはいつもアシュヴィンを「サー=ご主人様」と呼ぶ。アシュヴィンは彼女を「ラトナ」と呼び、彼女に名前を呼んでくれと頼むが、それはとてもできない。それがすなわちこの映画のテーマ。
冒頭、ラトナは休暇で帰った田舎から電話で呼び出されて、ムンバイに戻る。バイクに乗せてもらい、乗り合いタクシーに乗り、長距離バスに乗り、ムンバイに着いて電車に乗る。
着いたのは高級マンションで、主人のアシュヴィンは結婚が式の直前に破談になり、急に戻ってきたのだ。ラトナはそのマンションの一角に狭い部屋をもらって、住み込んでいる。ここで驚くのは、ラトナは主人の飲み物や料理を作って皿を洗い、自分は空いた時間に狭い部屋で床に座って手で食べることだ。
主人は広い部屋でナイフとフォークを使って食べる。家の中ではラフな格好をして、父の働く建設会社ではジャケットを着る。ラトナはいつも民族服のサリー。彼女は主人に対して必要最低限の言葉を発して行動をし、目も合わせない。用が終わると自室に閉じこもる。
ラトナの夢はデザイナーになることで、午後の空いた時間に服飾を学びに行く。ある日、彼女はアシュヴィンのためにシャツを作ってあげ、アシュヴィンは彼女のためにファッション雑誌などをプレゼントする。しかし2人の恋はそこから先に進めない。
インドはカースト制度で有名だが、この映画に出てくるのはそれとは少し別の格差のようだ。住宅も衣服も生活様式のすべてで貧富の差が歴然で、上流社会の中のメイドはかつてのアメリカの黒人奴隷のよう。そのうえラトナは19歳の時に夫が亡くなった未亡人で、田舎では再婚はおろかお洒落も許されない。
映画は、結ばれないどころか目を合わせる機会も少ない2人の心を、細部の描写で見せてゆく。ラトナが買物に行く布市場や妹の住む家、アシュヴィンが通う工事現場や自宅マンションの屋上など、丁寧な撮影で2人の孤独を伝える。
この映画を見たからインドがわかるわけではないだろうが、それでも学ぶことがたっぷりの映画だった。
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