« 『タロウのバカ』の時代感覚 | トップページ | 美少年映画としての『永遠に僕のもの』 »

2019年8月23日 (金)

応挙について考える

東京芸術大学大学美術館で9月29日まで開催の「円山応挙から近代京都画壇へ」展を見た。応挙と言えば江戸中期から後期の写実主義で知られるが、この時代だと最近は伊藤若冲、曽我蕭白、岩佐又兵衛のような「奇想の画家」が流行っている。

3年前の若冲展は大人気だったというし(私はパリにいて見ていない)、この4月にも東京都美術館で「奇想の系譜」展が賑わっていた。さて、改まって円山派の元祖応挙からその系譜を辿るとどうなのだろうか。

驚いたのは、18世紀末から20世紀前半まで自由に展示してあること。序章、動物、自然、美人と4つの章に分かれているが、それぞれが江戸中期から末期、明治、大正、昭和初期まで、縦横無尽に150年ほどを行き来する。まるで明治維新などなかったかの如くに、写実の精神が昭和の上村松園や竹内栖鳳まで繋がっている。

京都画壇は円山派のほかに、与謝蕪村の弟子だった呉春を祖とする四条派がある。呉春は応挙の弟子ではなかったが親しくし、この2人の写実主義がめんめんと受け継がれることになる。

入口正面に応挙の屏風《松に孔雀図》が金と黒の世界を見せる。この屏風は兵庫県の大乗寺(別名応挙寺)に並ぶ円山派の屏風の一部で、会場は+の形4面がに4面が直角に交わるので立体感がある。ほかにも呉春、山本守礼、亀岡規礼などの大乗寺の屏風絵が並ぶが、私は呉春以外は名前も知らなかった。

途中で10分間の映像があったが、呉春と長澤芦雪の孔雀を比べたり、応挙と上村松園の美人画を比べたり、なかなかわかりやすい。150年の間に多少の遠近法は加わるが、基本的には京都の日本画に変わりはない。芦雪だけは「奇想の系譜」に挙げられる画家だが、この中で見ると「奇想」ぶりは目立たない。

同じように同じ「流派」の100年を超す流れを見せているのが、Bunkamuraザ・ミュージアムで9月29日まで開催の「みんなのミュシャ」展。これは「ミュシャからマンガへ―線の魔術」の副題通り、19世紀後半から活躍したミュシャを中心に現代の漫画までその影響を追ったもの。そもそもミュシャの世界はなぜか私は「うんざり」なので、文字通り駆け足で見た。

|

« 『タロウのバカ』の時代感覚 | トップページ | 美少年映画としての『永遠に僕のもの』 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『タロウのバカ』の時代感覚 | トップページ | 美少年映画としての『永遠に僕のもの』 »