『映画について考えたこと』についてもう1回だけ
この本についてはもう一度だけ語りたい。彼は「『歩いても歩いても』は、できあがったときに、「納得度の高いものができた」と思えました。それはいままでいちばん肩の力を抜いて無理をしないでつくれたということです」と書く。
そしてもう1本、「そういう、「自分の書きたい物語を書きたいように書く」ということを、もう1回やってみたのが、今回の『海よりもまだ深く』です」と書く。実はこの2本は是枝映画のなかで私が最も好きな作品だ。
たぶん、『歩いても歩いても』に出てくるいしだあゆみの歌「ブルーライトヨコハマ」のような時代感覚もあるだろう。『海よりもまだ深く』の古くなった団地も、田舎に育った私にさえなぜか同時代感がある。この映画には「この二十年の映画監督としてのキャリアだけでなく、子供時代から見てきた、自分の大好きだったテレビのホームドラマへの偏愛と尊敬によって、この映画はできています」
1960年代前半に生まれた彼や私は、成人するまで同じようなテレビ番組を見てきた。だから「わかる、わかる」となるのだろう。同時代と言えば、是枝監督が同時代の映画青年と同じように蓮實重彦を崇拝して記述がおかしかった。彼は立教大学の有名な蓮實ゼミに通っていた。
「僕は早稲田の学生で、モグリで通っていたので「蓮實門下生」とは言えませんが、とにかく非常に刺激的な授業でおもしろかった。大学で唯一欠かさず通った授業です(よその大学ですけど)」
これは『奇跡』の子供のショットを蓮實氏が「そのふたつの子どもの表情が大人として撮られていて素晴らしい、と書いてくれたのです」と喜ぶあたりに出てくる。蓮實氏はまさに「門下生」の周防正行、黒沢清、青山真治、篠崎誠、万田邦敏の監督たちと結びつけられやすいが、是枝氏もこれほど評価していたとは。
2003年に私が関わった蓮實氏監修の「小津安二郎生誕百年国際シンポジウム」では、黒沢清、青山真治両監督と共に是枝監督もシンポに出た。その時はマノエル・デ・オリヴェイラやアッバス・キアロスタミや侯孝賢らが参加したが、是枝監督は控室に入らず、廊下に立っていたのを覚えている。
何度も「部屋でお茶をどうぞ」と勧めたが、彼は「とんでもございません」と固辞し、立ったままお茶を飲んだ。私がこれまでに見た映画監督で最も謙虚な方だった。
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