ベネチアの快楽:その(5)さらに家族映画
前半に家族をめぐる映画が多いと思ったが、これは実は今年のベネチアの一番の傾向なのかもしれない。地元紙の星取表で『真実』と同じくらい高得点だったのが、サウジアラビアの女性監督ハイファ・アル=マンスールの「完全な候補者」The Perfect Candidateで、若い女性の医者とその家族を描く。
この監督は日本で公開された『少女は自転車に乗って』(2012)が爽やかな印象を残した。女性には禁じられた自転車に少女が乗る話だったが、今度の映画は冒頭に女性が車を運転するシーンが出てビックリ。何と真っ黒な服に真っ黒なベールで、目の部分しか見えない。
この映画は若い女医が、老いた患者が男性の医師にしてくれと言ったり、男性の先輩医師にいじめられたりする毎日を描く。そのうえ、病院の前は水たまりだらけの泥道で、彼女はどうにかほかの病院に移りたいと考える。
その機会を掴もうとドバイの学会に行こうとするが、海外に行く書類不備でで行けなくなる。何とか行けるように知り合いに頼むうちに、ふとした偶然から市会議員の選挙に出ることに。そこで彼女は病院の前の泥道の工事を公約に立てる。
音楽家の父は忙しくて手伝えないが、妹たちはさまざまな機会を捉えて応援する。女医は選挙の政見放送で何と目も出さなかったり、女性だけの集会(誰もベールをしない)で、演説の前にベールのファッションショーがあったりと異例づくめ。次第に回りも彼女を応援し始める。イスラム文化圏での女性の社会進出という明確なメッセージをユーモアを交えて見せた。
パブロ・ロレイン監督の「エマ」Emaも家族映画と言えるだろう。若いダンサーの女性エマが、演出家の恋人パブロと養子縁組した少年パブロを手放した後の物語で、ダンスや身体を美的に構成してある種のシュールな域に達している。舞台はチリのバルバライソで、坂の多い街。坂を上下する女たちの生き方を夢や幻想も交えて自由に描く。
実は家族映画でこれまでで一番好きだったのは、コンペではなく「オリゾンティ」部門のペマ・ツェテン監督の「風船」。羊を育てる家庭を描いたもので、3人の子供たちはコンドームを何かわからずに膨らまして遊ぶ。妻はもう子供はいらないと思っているが夫は欲しがり、また妊娠してしまう。
夫は羊を育て、バイクで一匹ずつ売りにゆく。妻の妹はかつて学校の先生と恋愛をしたようで、あるきっかけでその先生と再会し、恋が蘇る。現代化する社会の中で伝統を守ることや人を好きになることの意味を正面から問う作品で、広い草原に生きる人々を幻想的な映像でたっぷり見せる。家族愛と男女愛に社会性と映像の美学が拮抗し、とんでもない映画になった。
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