30年目の山形:その(3)
最近、山形でコンペを中心に見るようになったのは、「日経」でベネチア国際映画祭のレポートを書いたり、「朝日」のネットで東京国際映画祭コンペの星取表をやったりした(これは2年で終わり)からかもしれない。新聞だとどうしても賞の行方を追う必要があるから、コンペを見る。
考えてみたら、山形はどこかに報告を書く予定はないし、大学の授業を考えるとしょせん3泊しかできない。というわけで、今回は途中から自由に見た。映画祭の正式なプログラムでない「幻灯の写した昭和」を見に行ったのは、全く個人的な関心から。三井三池炭鉱の話は他人事ではない。
同じように、「見たい」と思ったのが「日本プログラム」の小森はるか監督『空に聞く』。この監督は東北大震災の被災地に生きるタネ屋の変わった男を追った『息の跡』が抜群だった。会場の駅前の映画館に着くと長い列で、250席がほぼ埋まった。やはりこの映画祭の観客はすごい。
今度も舞台は陸前高田だが、きわめて普通の女性、阿部裕美さんを追う。ラジオは全く素人なのに震災後に災害FMを立ち上げて、パソナリティを務めている。被災地の人々に会いに行き、マイクを向ける。その繰り返しだが、そこにある種の楽しさや希望が静かに漂う。
2013年から18年までの撮影だが、その間に少しずつ新しい街が作られていくの様子が挟む込まれる。盛り土の工事や住宅の建設、お祭りや凧揚げ。そして阿部さんはFMをやめて、自分の和食の店を再開させる。最後のFM放送の時には思わず涙が出る。
安部さんが斜めを向いて語る佇まいがいい。監督に向かって、ゆっくり言葉を探す。監督の声も聞こえる。2つの声の触れ合いに心が和む。この作品は愛知芸術文化センターの製作という。「あいちトリエンナーレ」の本拠地だが、愛知県と全く関係のない作品にお金を出すとはすごい。
コンペだが、クレア・パイマンの『光に生きる―ロビー・ミュラー』にも心をかき乱された。ヴィム・ヴェンダースや、ジム・ジャームッシュ、ラース・フォン・トリヤーのカメラマンとして知られるロビー・ミューラーを追ったものだが、『パリ、テキサス』や『ダウン・バイ・ロー』のシーンが出てくるだけで懐かしかった。
1980年代に学生生活を送った私にとって、ヴェンダースは既に神様であり、ジャームッシュは新しく出現した神だった。彼らの映画を撮影したロビー・ミュラーの名前は当時から聞いていたが、それほど考えることはなかった。今回の映画が素晴らしいのは、ヴェンダースらへのインタビューもあるが、そこに彼が個人的に撮った映像や写真が加わっていること。
光と影、その反射を追いかけためくるめく映像が展開する。彼が亡くなる1年前の2017年にベルリンで開かれた「光の巨匠 ロビー・ミュラー展」で、ヴェンダースの話を嬉しそうに聞くミュラーの表情が忘れられない。
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