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2019年10月27日 (日)

『ローロ 欲望のイタリア』の不思議な力

11月15日公開の『ローロ 欲望のイタリア』を最終試写で見た。パオロ・ソレンティーノ監督の映画は『愛の果てへの旅』(2004)以来、イタリア映画祭で上映してきたから馴染みがある。今度はベルルスコーニを描いたというので見たかった。

私は同じ監督がアンドレオッティ元首相を描いた『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』(08)のようなものを期待していた。つまり権謀術策を用いて財界や政界のトップに躍り出るさまを、大人数を使ってオペラのように見せるのかと。主人公を演じたのも同じトニ・セルヴィッロだし。

ところが全く違った。そもそもベルルスコーニ(実はこの名前は一度も出てこない。ファーストネームのシルヴィオと呼ばれる)が出てくるのは40分くらいたってから。それまではベルルスコーニに近づきたい青年セルジョ(リッカルド・スカマルチョ)が中心で、彼がベルルスコーニと仲のいい女キーラ(カシア・スムトゥニアク)と知り合うまでが描かれる。

ようやくベルルスコーニが出てくるが、セルジョと会うのはそれからさらに40分くらいたってから。ベルルスコーニは妻ヴェロニカ(エレナ・ソフィア・リッチ)の心が離れたことに心を痛めるが、若い女には手を出す。最大の問題は政権の座から滑り落ちたこと。

この映画はつまり、権力を無くしたベルルスコーニの悩める日々を描く。サッカー選手のミシェル・マリティネスを自身が会長を務めるACミランに引き込もうとしたり、首相に返り咲くために、上院議員を何人も買収したり。

奇妙なシーンがある。かつての不動産業のパートナーのエンニオと再会するが、エンニオを演じるのは同じトニ・セルヴィッロ。ここでいかにベルルスコーニ役のメイクが強烈でほとんどプラスチックのようなものかがわかる。エンニオと会った後、自分の営業力を確認するために無作為に電話をして、中年女性にありもしないアパートを売りつける。

セルジョはようやくベルルスコーニに出会い、美女集団を用意して欧州議会議員になりたいと直訴するが相手にされない。彼が用意した女子学生のステッラにだけは興味を示すが、「祖父と同じ匂い」と彼女に言われて嫌われる。そしてラクイラの地震が起こる。なぜかそのリアルなシーンが実に力強い。

この映画はベルルスコーニを批判してはいない。むしろ同情を持って描いている。しかし彼の内面は見えてこない。彼だけではない。妻のヴェロニカも野心家のセルジョもキーラもベルルスコーニの次を狙う政治家のサンティーノ(ファブリッツィオ・ベンティヴォッリオ!)も誰の心の動きも見えない。

この映画の題名の「ローロ」は原題Loroの読みで「彼ら」の意味。内面のない「彼ら」をあえてニュートラルに描き、その空虚さを見せる。実は愛もドラマもなく、富と権力が好きな「彼ら」の不思議な集いだけが続いてゆく。パオロ・ソレンティーノ監督は、ミケランジェロ・アントニオーニに近づいているようだ。

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