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2019年10月 8日 (火)

もう一度、多和田葉子について

多和田葉子の『献灯使』には、皮肉たっぷりの細部があちこちに埋め込まれているので、いくつかをメモしておきたい。100歳を超す義郎は、学生時代に日本に来た同じ年のドイツ人女性、ヒルデガルドと知り合った。

 

「義郎は一度でいいからヒルデガルドを訪ねてドイツに行ってみたいと思うが、日本と海外を結ぶ線はすべて断たれてしまった。そのせいか地球は丸いのだと足の裏が感じることもなくなった。旅ができるまるい球が存在するのは、頭の内部だけだった。頭の内側の曲線をたどって、裏側を旅するしかない」。想像の旅。

「貸し犬と猫の死体以外に動物を見かけないことさえ気にならなくて何年たつだろう。こっそり兎を飼っている人たちがいて、彼らは「兎組」という組織をつくっているそうだが、親戚知り合いにはそういう人もいないので、無名に兎を見せてやることさえできない」。動物のいない世界。

「最近の子供の九割は微熱を伴侶にして生きている。無名もいつも微熱がある。毎日熱を計るとかえって神経質になってしまうので、熱は測らないようにと学校側から指示が出ている」「義郎は無名と一緒に体温計をモノノ墓場に埋めてしまった。それは敬意を持って別れたいものを誰でも自由に埋めることのできる公共の墓場だった」。微熱とモノノ墓場。

「勉強が嫌いな孫の将来のために義郎は総合職業学校に三年通えるだけの資金を積んだ預金通帳をプレゼントしたが、孫は口座をこっそり解約し、現金を詰めたスポーツバッグを強盗にように抱えて家出した。銀行から送られてきた書類を見て解約のことを知った時、義郎の腹の中は煮えくり返って湯気がたったが、一か月後には大銀行が次々倒産し、口座を持っていた人たちは預金を全額失い、いつかは返してもらえるという噂以外にしがみつくものがなくなった」

わずか2つの文で、孫の失踪と大銀行の倒産騒ぎが書かれている。孫は職業学校も銀行も信用していない。みんな銀行に押しかけて、銀行員は頭を下げていたが、後でわかったのはそれは「ごめんねマン」と呼ばれるアルバイトだったという。まさにありそうな話。

「「敬老の日」と「こどもの日」は名前がかわって、「老人がんばれの日」と「子供に謝る日」になり、「体育の日」はからだが思うように育たない子供が悲しまないように「からだの日」になり、「勤労感謝の日」は働きたくても働けない若い人たちを傷つけないために、「生きているだけでいいよの日」になった」。なんと優しい時代。

「その他にも、最近すっかりすたれてきた性交を奨励する「枕の日」ができたり、日本で絶滅した鳥や動物に線香をあげる「絶滅種の日」ができたり、インターネットがなくなった日を祝う「御婦裸淫の日」、そしてカルシウムについて真剣に考える「骨の日」なども登場した」

この本をめくると、引用ばかりしたくなる。つまり、あらゆる文に毒があっておもしろい。「御婦裸淫」など本当にふざけているとしか思えない。ほかにもまだまだあるが、これでやめておく。

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