« 「あいちトリエンナーレ」文化庁問題:続き | トップページ | 荻生田文科大臣のこと »

2019年10月 2日 (水)

『黒い画集 第二話 寒流』に寒気がした

最近は特集上映の情報を学生から教えてもらうことが多い。ある学生に鈴木英夫監督の特集を新文芸坐でやると聞いていたが、気がついたらもう終わりかけていた。ベネチアから帰国後は、原稿書きに授業準備、課題採点、学会関連雑事などでほとんど動けなかった。ようやく最終日に見に行ったのが、『黒い画集 第二話 寒流』(1961)。

この監督は実は『その場所に女ありて』(1962)しか見ていないが、広告業界に働く女たちをシャープに描いた傑作だった。東宝で活躍した監督だが、『その場所に女ありて』を含めてほとんどDVDが出ていない。

さて、『黒い画集 第二話 寒流』は、主人公の安井銀行池袋支店長・沖野が池部良、彼が仲良くなる料亭の女将・奈美が新珠三千代だから、期待が大きかった。さて2人ができたかと思ったら、沖野の上司の常務(平田昭彦)も奈美を気に入って、沖野を宇都宮に左遷してしまう。沖野は復讐を企ているが敗れてゆく。

とにかく「過程」というものを見せない。沖野が奈美と仲良くなる時の見せ方がすごい。沖野が道でたたずんで奈美に「ちょっと」と言った後のショットで、奈美はベッドで沖野の背中につかまっている。2人が抱き合ったり、キスをしたりするシーンは最後までない。しかし2人の視線の交わりで気持ちは十分伝わってくる。

常務が奈美と良い仲になる場面もない。常務が奈美に近づく過程さえ見せない。復讐を企てる沖野に頼まれて大株主(志村喬)が常務を脅す場面も、沖野がつかんだ証拠を副頭取(中村伸郎)が常務に突きつける場面も見せない。すべては急に結果が言葉で示されるだけ。

そもそも人間の「感情」さえも見えにくい。ほとんど愛を語り合わない沖野と奈美もそうだが、夫が浮気していると察して探偵を雇う妻が何を考えているのか、わからない。自殺未遂の挙句に子供を連れて実家に帰るのに、彼女の言葉は残された短い手紙のみ。

あらゆる手段を使って常務を追い落とそうする沖野に常務が会う時も、常務は一言も発しない。沖野はその後副頭取から「不正融資かどうかはお前が決めることじゃない。さっさと宇都宮に帰れ」と叱責を受けるのみ。

最後は荒涼とした荒野に沖野が一人でたたずむ。一瞬、自殺でもするかと思ったが、それもなく終わる。つまりこの映画は、端正な池部良のポーカーフェイスの奥に渦巻く情念を案じながら見るような映画だった。この禁欲的な画面は、ほとんどロベール・ブレッソンではないか。

この映画のついてネットで検索したら、DVDが出ていることが判明した。なあんだ。でもシネスコの画面全体に漂うこの寒気は、大きなスクリーンでないと伝わらないだろう。

 

|

« 「あいちトリエンナーレ」文化庁問題:続き | トップページ | 荻生田文科大臣のこと »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「あいちトリエンナーレ」文化庁問題:続き | トップページ | 荻生田文科大臣のこと »