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2019年10月23日 (水)

『第三夫人と髪飾り』の巧みさ

ベトナム映画『第三夫人と髪飾り』を劇場で見た。アメリカで映画を学んだ女性監督、アッシュ・メイフェアの第一回長編だが、いろいろな意味で「辺境」から世界に踊り出る監督にふさわしい巧みさが光る作品だ。

まず、舞台は監督の国、ベトナムの19世紀末の貴族社会。そこで山の中の大地主に第三夫人として14歳で嫁ぐメイが主人公。嫁ぎ先に舟に乗っていくのだから、優雅そのもの。行った先は大きな家と庭があって、何人もの使用人に囲まれて暮らす。エキゾチズムはまさに最高度。

そこでメイは見る。自分より20歳は上の第一夫人が支配しており、第二夫人は女の子だけ3人のために「奥さま」とは呼ばれない。そのうえ、第一夫人の息子は結婚を控えているのに、夜中にこっそりと第二夫人と関係を持っている。息子は無理やり結婚させらるが、相手を抱くことができず、相手は絶望の淵へ。

メイはとうとう妊娠する。いつの間には彼女は自分をいたわる第二夫人を好きになって愛を求めるが、拒まれる。さてメイは男の子を生めるのかどうか。3人の妻を持つ夫は無表情でほとんど話さない。性交の場面もほとんどなく、第三夫人の初夜の時に夫が女の臍の上に用意された生卵を飲むくらい。唯一それらしいのは、第2夫人が第1夫人の息子と関係を持つのを遠くから第三夫人が見ているシーンか。

男の子だけを重視することに3人の妻が無言で苦しみ、みんながそれを当然と見なす封建制、不倫も女性同士の愛もありながらほとんど見せない抑制、結局それは遠い昔の話だったというファンタジー。それに加えて流麗なカメラは登場人物を舐めまわし、1点に焦点をあてて、周囲はやわらかにぼかす。

伝統的でありながら現代性を持つ音楽もあいまって、見ていて本当に気持ちがよくなる。たぶん男も、女も。欧米人も日本人も。文化村ル・シネマの平日昼間の年配層もそうだったが、若者にもそうではないか。ひょっとするとベトナムの人々が見たら、「外国におもねって」と河瀨直美に対する日本人のような反応をするかもしれないが。

個人的には「薄いお味噌汁」を飲んだ気がした。上品でいいのだけれど、田舎育ちの私はもっとガツンと来る映画が好きだ。しかし若いベトナム出身の監督が、世界に出るのにピッタリな映画を作ったことは間違いない。

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