『“樹木希林”を生きる』に見えるもの
小寺一孝監督の『“樹木希林”を生きる』をガラガラの劇場で見た。是枝裕和監督の新刊『こんな雨の日に』を読んでいたら、樹木希林さんのことが出てきて、急にこのドキュメンタリーを思い出した。朝日の石飛徳樹記者の希林本でもNHKの撮影の話が出てきたので、見たいと思っていた。
見ていてあまり楽しい映画ではない。監督・撮影・語りのNHKの小寺氏が、希林さんに小言を言われるシーンばかり出てくるから。このドキュメンタリーは、『モリのいる場所』『万引き家族』『日日是好日』などの映画の撮影現場に通う希林さんを追う「密着もの」。
彼女は自分で車を運転し、小寺氏をピックアップして葉山や埼玉の深谷などの撮影現場に行く。希林さんの希望で撮影クルーは小寺さん1人。往復の車の中で小寺さんとの会話が続く。
「ただ漠然としゃべるのは嫌なの。楽しさがないのよ」「この撮影の目的は何なのよ」「あなた、家庭もうまく行ってないんでしょう」「自分の女房一人御しきれないで、私と向き合うのは難しいんじゃないの」。これに対して、小寺氏は「はあ」「そうですね」「考えています」と冴えない答えが続く。
希林さんが明らかに笑うのは、『万引き家族』のスタッフに「私はこの人の送り迎えもしているのよ」と得意そうに言う場面。それから終盤に編集した映像をパソコンで見ているシーン。希林さんはおもしろおかしくできた映像を見て、口を半分開けて嬉しそうだ。「かわいそうにねえ」と言いながら。
これを見て、この女優はすべてを計算づくなのだと思った。いかにも気の弱そうな小寺氏につらく当たるのは、おかしさを狙っていたのだろう。朝日の石飛記者の最初のインタビューの終わりでガン検査結果の画像を見せるシーンもそう。久しぶりに小寺氏を呼び出したのは、この画像を見て慌てる石飛氏を撮って欲しかったのだ。
だから自宅療養を始めて医師や看護婦がやって来た時に、初めて自宅で撮影させる。彼女なりに劇的な場面を選んで小寺氏を呼んだのだ。小寺氏もあえて狼狽ぶりを続ける。
もちろん希林さんの機嫌が悪いのは、体が苦しいこともあったに違いない。しかし彼女はそういう場面はほとんど見せない。そして『日日是好日』の本番になると、キリリと和服を着て見事な茶の作法を見せる。とても死ぬ間際には見えない。そういう見せ方を選んだ女優なのだろう。
この映画には弱った希林さんも臨終の場面も葬式もない。だからあのまんままだ生きているような気がする。それこそ彼女が狙ったことだろう。
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