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2019年11月12日 (火)

電車で股を広げる男たち

私は昔から長時間立つのが苦手だ。だいたい10分も立つと座りたくなる。だから展覧会の仕事をしていた頃は展示作業の「立ち合い」が嫌だった。美術品の展示は、学芸員の指示のもとに日通やヤマトの美術輸送のおじさんたちが動く。

新聞社事業部の私は、することもなく「立ち合い」。どうでもいい話題を見つけては手の空いている日通のおじさんと話したり、学芸員にバカな質問をしたり。どこかに椅子があると2脚持ってきて学芸員にも勧めるが、まず学芸員は座らない。そうなると自分だけは座りにくい。これが辛かった。

今だと、入試監督の時がそうだ。私には60分立ち尽くすのは無理。早めに教室に行って、使わない椅子を数脚教室の前後に配置する。そして試験が始まると「疲れたら座りましょう」と同僚に声を掛ける。それでも60分全く座らない先生もいる。

そんなわけでいつも椅子を探す癖がついている。電車に乗っても、一駅でも座りたい。ところが、乗客が股を大きく広げて1人分の席がずいぶん狭くなっていることが多い。そういうのはだいたい男性。会社員のおじさんばかりではない。高校生も同じ。

股を広げる女性はまずいない。作法としてはしたないと教え込まれているからだろうか。たまに横に荷物を置く女性がいるが、混みだすと膝の上に置く。ところが男はダメだ。

そんな時、私は「すいません」と言って痩せた身をさらに細くして小さな隙間に入ろうとする。するとだいたい嫌な顔をされる。確かに20センチほどの隙間に座ろうとする人はめったにいない。

普通は小さな隙間に座ると、左右の人は少しだけ空間を空ける。たまに全く動じない人もいる。ある時、「少し股を狭めてもらえますか」と言ったら、言われた青年は奇妙なものを見たような顔をして席を立って行った。

そういえば、20代の頃、ウォークマン(今や死語!)のイヤホンから漏れる音が嫌で、よく「うるさいよ」と注意していたことを思い出した。聞いていたのはだいたい若者だったが、彼らの多くは変な顔をして席を立った。私は今も昔もヘンなおじさんだった。

話を戻すと、男性が電車で股を広げるのは日本だけではないか。そこには日本社会の闇が隠れているような気がする。

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