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2019年11月27日 (水)

『さよならテレビ』のおもしろさ

1月2日公開の『さよならテレビ』を試写で見た。最近話題の東海テレビのドキュメンタリーで、『ヤクザと憲法』の阿武隈勝彦プロデューサーと圡方宏史監督の作品と聞いて、興味を持った。そして何より、題名がいい。

ちらしには「どうしてお別れしたのだろう わたしたち…」と書かれている。確かに私もテレビとはずっと前にお別れしてしまった。今では同じ映像である映画を教えているにも関わらず、ほぼ見ない。いったい何が起こったのか。その現状を『ヤクザと憲法』のようにズカズカと自社内でカメラを回して見せてくれると期待した。

その期待は、ある意味裏切られた。冒頭、「今から撮ります」と東海テレビの報道部でカメラやマイクを設置し始めると、「何なんだ」「聞いていない」「とにかくやめろ」「お互いの同意がないだろ」と同僚からの怒号が起こる。これはおもしろくなるぞ、と思った。

ところが画面は「2か月後」となって、「取り決め」ができた。「マイクは机に置かない」「打ち合わせの撮影は許可を求める」「放送前に試写を行う」。それからは、社会科見学の小学生へのレクチャーとか視聴率アップ運動とか働き方改革の指示とかで、あまりおもしろくない。

盛り上がるのは、顔出し不可のインタビューの顔が出てしまった時の騒ぎ。スタッフは2011年の「ぴーかんテレビ」で「怪しいお米、セシウムさん」というダミーのテロップが流れてしまった事件を思い出す。しかし今回は騒ぎも小さく、その映像も長くは続かない。

映像は次第に3人の「外れ者」が中心となる。1人は「働き方改革」のための増員されて製作会社から来た契約の渡邊さん。いかにもオタクで記者には向いていな感じだが、案の定ヘマばかりして3月末で解雇される。

もう1人はベテランの澤村さん。地元経済紙出身で1年ごとの契約だが、「テロ等準備罪」=「共謀罪」の取材に熱心な社会派記者だ。渡邊さんも彼も独身で、我が道を行く。

3人目はキャスターの福島さん。彼はメインのニュースキャスターとして番組の顔となり、広告でも大きく使われるが視聴率は伸びない。結局、3月に先輩と交代となる。

この映画は3月の渡邊さん、福島さんの退場で何となく終わる。福島さんのその後の活躍も少しは写るが。もっと普通の社員記者たちの話を聞きたかったとは思うが、見終わるとあるテレビ局の停滞感は十分に伝わってくる。昔、新聞社に20年近く務めた私は、かつての見慣れた「報道」の傲慢でいい加減で事なかれ主義の雰囲気を思い出した。

これはぜひ続編が欲しいが、東海テレビでも無理だろうか。

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