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2019年12月 4日 (水)

『水と砂糖のように』を楽しむ:続き

この映画には有名監督が続々と出てくる。ケン・ローチ、ヴィム・ヴェンダースは相当の長い時間話すし、パオロ・タヴィアーニ、フランチェスコ・ロージ、カルロ・リツィアーニ、リナ・ベルトミュレール、エットレ・スコラ、ジュリアーノ・モンタルドなどのイタリアの監督から、フォルカー・シュレンドルフ、ミーラ・ナイール、ニキータ・ミハルコフ、アベル・フェラーラまで少しずつ出てくる。

ミハルコフは明らかにモスクワに会いに行っているし、シュレンドルフはベルリンで会っている。彼らはカルロ・ディ・パルマと仕事をしていないはずだが、みんなが彼の仕事をリスペクトしている。

私の個人的な知り合いも何人か出てきた。ルチャーナ・カステッリーナは「ジャーナリスト」として出てくるが、長年国会議員で2001年に東京でイタリア映画祭を立ち上げる時に、イタリア側の代表だった。まだ元気な姿が見られて嬉しかった。

同じくジャーナリストのファビオ・フェルゼッティはイタリア映画祭に取材にやってきて以来の仲だ。長年「イル・メサジェッロ」という新聞の映画記者をやっていたが、今もベネチア映画祭で会うと意見を交換する。今やチネチッタ社長になったロベルト・チクットはイタリア映画祭を始めた頃にお世話になった。

一度会っただけなら、ヴェンダース、シューレンドルフ、タヴィアーニのほか、ニューヨーク映画祭をやっていたリチャード・ペーニャ(字幕はピーナ)、ベルリン映画祭のディレクターだったディーター・コスリック、ローマ国立映画学校長のカテリーナ・ダミーコなどなど。

ほかにも俳優のアレック・ボールドウィンやジャンカルロ・ジャンニーニ、ミケーレ・プラチドや撮影監督のジュゼッペ・ランチ、カンヌの総代表だったジル・ジャコブ、トロント映画祭のトップを辞めたばかりのピアーズ・ハンドリングなど。たった90分の映画に明らかに多すぎだ。それでもカルロ・ディ・パルマの妻であり、プロデューサーのアドリアーナ・キエーザがやりたかったのだろうと思う。

驚いたのは、この撮影監督が10代でヴィスコンティやロッセリーニの撮影現場に雑用係で参加していること。そして戦後すぐに占領軍カメラマンとして撮影をしていたスヴェン・ニクヴェストからフィルムを横流ししてもらい、ロッセリーニの『無防備都市』や『戦火のかなた』に使っていた話。これが後年2人がウディ・アレンとの夕食で再会して明らかになったという。

彼の映像を多くの人々がeleganza=優雅という言葉で表現する。映画の最後に市電から見た風景が出てくる。ローマの花屋だったカルロの母親は、忙しいと息子を市電の運転手に頼んで乗せていたという。市電の窓から見るローマは、確かに優雅に見えた。

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