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2019年12月26日 (木)

『ある女優の不在』のパナヒの深化

イランのジャファル・パナヒ監督は、政府から映画製作を禁じられながらもあの手この手で映画を作り続けている。『これは映画ではない』(2011)は大半が監督の自宅の中を撮ったものだし、『人生タクシー』(16)は監督がタクシー運転手に扮してテヘラン市内を回る映画だった。

いずれにしても閉ざされた空間の映画で監督が「軟禁」された印象があった。ところが今度はずっと自由になった感じで、女優も出てくるし監督は彼女を連れてトルコ国境に車で行って、住民と自由に話す。

冒頭にスマホ画像が写る。若い女性が女優を目指してテヘラン芸術大学に合格したが、家族に反対されたと語る。憧れの人気女優ベーナズ・ジャファリに助けてと訴えて首にロープをかける場面で終わっていた。この画像は監督のパナヒ経由で女優のジャファリに届けられ、ジャファリはパナヒと共に娘の住むイラン北西部のトルコ国境に向かう。

ところが車が進むと道はどんどん狭くなる。あるいは崖から落ちてきた牛によって塞がれたり、対向車が何台も来たり。そしてやたらにマッチョで訳の分からないことを滔々と話し始める村人たち。まるでパナヒの師匠であるキアロスタミの『友だちのうちはどこ?』や『そして人生は続く』のような田舎の道だ。

村人は「芸人」志望の娘マルズィエが家出をしたと言って非難するが、女優のジャファリにはサインをもらおうとする。あちこちを探してマルズィエの母や妹と会う。弟はマルズィエを毛嫌いしていた。マルズィエはひょんな場所に現れて、元女優シャールザードのもとに身を寄せているという。ジャファリはそこに出かけるが、パナヒは車中で夜を過ごす。

この映画ではパナヒは傍観者だ。ジャファリを案内するが、修羅場には立ち会わない。女優志望の娘、有名女優、元女優(声と後ろ姿のみ)を見ながら疲れ切った顔をして、何もしない。ラストの場面はまさに女たちが立ち上がるシーンに思えた。

パンフを買ったら、市山尚三さんがシャルザードはイラン革命前のスターで、今は映画やテレビへの出演を禁じられていると書いていた。もう1人、ヴォスーギという男優の名も出てくるが、彼も革命前にバイオレンス映画で有名だったが、今はアメリカに亡命しているという。

今回の映画でパナヒは隠されたイラン映画史に切り込み、同時にキアロスタミ的な迷う道を見せた。映画撮影を禁じられたこの監督は、どんどん深化している。

そう言えば、今年の映画美術のベスト5を「論座」に書いたものがアップされたのでご笑覧を。最初に順位を書いたので、そこは無料で読めます。

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