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2019年12月10日 (火)

『台湾、街かどの人形劇』を見る

ドキュメンタリー『台湾、街かどの人形劇』を劇場で見た。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)のプロデュースで、彼の映画『戯夢人生』で描かれた李天禄の息子を撮ったものというのがとっかかりだが、「読売」で恩田記者が評価していた。

この台湾の人形劇は「布袋戯」と呼ばれていて、『戯夢人生』では伝統的な芸能を守る李天禄の半生が描かれていた。ところがその息子、陳錫煌の人生はそんなに美しくない。もともと父は養子のために、長男の錫煌は母方の陳の名を継ぐ。そのせいもあって父との間には確執があった。父の死後、次男が劇団を継ぎ、陳錫煌は家を出た。

そして劇団を作り、若手を育て続けた。欧米でも公演し、弟子の中には外国人もいた。しかし布袋戯の若手コンテストの審査員を引き受けた時には、「嘆かわしい、動きが大袈裟すぎる」と怒る。実際、台湾の中南部では伝統的な人形はもうないと言う場面もある。

この映画は台湾語以外の言葉は字幕が[ ]入りだが、会話の半分は台湾語ではない。布袋戯では昔ながらの台湾語でないといけないが、弟子たちさえも普段は国語=北京語を話し、台湾語を話さない。そんななかで頑固爺のような陳錫煌は、呼ばれれば道具立てを持ってどこでも公演をする。公園で雨が降り出すこともある。「最近は役所関係の仕事が増えた」と嘆く。

黒をバックに淡々と両手の指を動かすシーンがある。指は自由自在に動き回る。その手に人形を乗せると、忽然と人形が生きて息をしているかのように動き出す。まさに指先のマジックだが、観客は今風のテーマの方に興味を持つ。

時々、陳錫煌は少し口を開けて立ち尽くす。すべてを悟ってそれでもやるしかないと決めたような、自信と諦念が入り混じったような表情が胸を打つ。よく見ると来ているボタン飾りのついた芸人風のシャツも、赤、黒、紺、白など毎回違ってお洒落。

監督の楊力州は10年かけてこのドキュメンタリーを撮っている。私が心を打たれたのは、2009年に陳錫煌の弟が亡くなった場面。陳錫煌は母親の肩を抱いて淡々と歩く。弟にはいろいろな思いがあったろうと思う。もう一つ、陳錫煌の声掛けで、80歳以上の往年の音楽家たちが集合する公演がいい。その後に何人も亡くなっている。

パンフレットを買って、台湾では1960年代から「テレビ布袋戯」が人気だったことを知った。今では衛星放送で布袋戯専門のチャンネルがあるという。李天禄の崇高なイメージと違い、台湾では普通の大衆芸能のようだ。こんな近い国なのに、何も知らない。

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