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2019年12月 7日 (土)

喪失の1年:続き

フランスの映画評論家のジャン・ドゥーシェさんが11月に亡くなってから、彼の言葉が時々ふっと蘇る。たぶん9.11の直後だったと思うが、夕食でアメリカのアフガン攻撃はおかしいとドゥーシェ氏が言った時に私は何気なしに「最近は海外のニュースはあまり追っていない」と言った。

すると彼は「それはいけない。私やあなたのように文章を書いたり教えたりしている人間は、絶えずニュースを知っておかないといけない。一種の使命だ」と言った。それ以来私は、新聞の国際面もきちんと読むようになった。

彼と夕食で待ち合わせると、私が少し早めに着いてもだいたい彼の方が先にテーブルにいて、「ルモンド」紙を読んでいた。そして私が座ると「ルモンド」を横に置いて、読んでいた記事の話をした。最近の話で憶えているのは「「カイエ・デュ・シネマ」の映画評よりも、「ルモンド」の映画評の方がレベルが高くなったと思わないかい」。

フランスでは毎週水曜日が映画の封切り日。だから水曜日の各紙には映画評が並ぶ。2016年にパリに半年いた時は、「ルモンド」はネット契約して、水曜日だけ紙の新聞を買っていた。確かに「カイエ」誌の映画評よりもわかりやすく、奥が深いと思った。少なくとも自分が見る映画を選ぶ参考になった。

ふと思い出すのは、91年に最初に日本に来た時に、鮮やかな緑のセーターを見せて「香港で買ったカシミア製だが、50ドルもしなかった。これは得をした」と言ったこと。彼は「フランス人である以上、エレガントでないといけないし、もう1つ、おいしいものを食べないといけない」と常々言っていた。意外とフランスへのこだわりがあった。

90年代後半だったと思うが、パリのオデオン周辺を歩いていたら、お菓子屋の「ジェラール・ミュロ」から出てきた彼に出くわした。彼はマドレーヌを買っていたと思う。レストランでも必ずデザートを食べた。ある時、レアール地区のレストランでデザートに彼の勧めで一緒にマドレーヌを食べたが、「ほら、プルーストの世界が浮かび上がるだろう」

レストランではよくウエイターに話しかけた。「彼らはロボットではないから、1人の人間として話しかけると喜んでくれるし、本当のおススメを教えてくれたり、おもしろい話も聞けたりする」と言っていた。それ以降、私もお店ではせめて威張らないようにと心掛けている。

彼は私より33歳年上だった。考えて見たら今の大学生とはそのくらいの差なので、自分も彼らにためになる言葉を残さないといけないと思った。

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