『闘争領域の拡大』とは
ミシェル・ウェルベックの最新作『セロトニン』を読んだら、急にもっと読みたくなった。ネットで文庫を3冊注文して、まず最初の長編『闘争領域の拡大』を読んだ。「闘争」「領域」「闘争」というこの固い言葉ばかりの小説らしくない題名は原題と同じ。
この小説が言いたいたいことは、まさにこの題名通り。
「完全に自由な経済システムになると、何割かの人間は大きな富を蓄積し、何割かの人間は失業と貧困から抜け出せない。完全に自由なセックスシステムになると、何割かの人間は変化に富んだ刺激的な性生活を送り、何割かの人間はマスターベーションと孤独だけの生活を送る。経済の自由化とは、すなわち闘争領域が拡大することである。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層へ拡大していく。同様に、セックスの自由化とは、すなわちその闘争領域が拡大することである」
これは主人公の言葉として小説の中ほどに出てくる。30歳の彼は中堅サラリーマンで、地方自治体のコンピューター研修のために、同僚のラファエル・ティスランと共に、各地へ出張する。彼もラファエルも給料は悪くないが、女にはもてない。特にラファエルは主人公以上に絶望的であちこちで女を誘おうとして失敗する。
ラファエルは結局、パリへの帰り道でトラックに正面衝突して死ぬ。「ティスランの死のニュースを聞きながら、僕は思った。少なくとも彼は、最後まで奮闘した。若者向けバカンスクラブ、ウィンタースポーツ系バカンス……。少なくとも彼は、諦めたり、降参したりしなかった」
それに比べると主人公は恋愛経験はそれなりにあるが、長続きしたためしがない。主人公はそれらの醜い関係を思い出しながら、地方出張を続け、絶望的な人間たちを観察し続ける。そして次第に精神を病み、精神科医に通う。そしてある女医に言う。
「この世の中にあるのは、支配力と金と恐怖をベースにしたシステムーこれはどちらかといえば男性的なシステムで、仮にこれをマルスと呼びましょう。そして誘惑と性をベースにする女性的なシステムです。これをヴィーナスと呼びましょう。そしてそれだけです。これで生きていけるでしょうか?」
女医はそれを否定すると、主人公は「それなら僕とセックスしてくれますか?」。「彼女はうろたえた。少し赤くなりさえしたと思う。彼女は40歳だった」。女医は「それは私の役割じゃないわ」と言い、担当をはずれた。
日本はこれほど極端ではないが、それでも現代社会をわかりやすく図式化して見せていることは間違いない。フランスでこの小説が出たのは1994年で、まだネット社会ではない。ネット社会は確実にこの傾向を強めているかもしれない。
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