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2020年1月19日 (日)

たまに高級スーツに身を包むと

先日、法事のために久しぶりに高級スーツを着た。会社員時代に買ったイタリア製の濃紺の上下で、10万円を超えていたはず。柔らかなウールの肌合いに、いかにも「上流」な感じが出ている。それを着てみたら、妙なことに思い当たった。

コートはカシミアでこれまた高いものだし、靴はシンプルな黒のチャッカブーツ。まず、身のこなしが優雅になる。というより、スーツに合わせて上品に歩いたり、立ったりしたくなる。自分ながら気持ちが悪いが、ポーズを取りたくなるのだからあら不思議。

昔、新聞社事業部にいた頃は、夏と冬用にそれぞれ5、6着ずつスーツを持っていた。多くは海外出張先のフランスやイタリアで時間がある時に買った。最後の2年ほど記者をやった時にはジャケットにジーンズやコットンパンツが増えた。

今回着たスーツは会社員を辞める半年前に買ったもので(辞める予定はなかったから)、あまり着る機会がなかったせいか、生地もくたばっていない。大学に行ってからは、年に1度、卒業式か入学式で着るくらい。

空港の売店でお土産を買う時に、なぜか丁寧な言葉遣いになった。よくいる大企業の部長さんや役員のように、にこやかに話している自分に気がついた。やはりジーンズを履いていると、とてもそんな格好をつける気分にはならない。

毎日高級スーツを着ていたら、ああいう余裕ある笑顔や身のこなしが体に染みつくに違いない。何十年もやっていたら、会社を辞めてもそのノリは直らないだろう。電車でもスーパーでもそういう「紳士」はよく見る。ただこういう人は意外に短気で、思い通りにならないとお店や病院で怒っていたりもするのだが。

さて私は大学に行ってからは、よほど暑い日を除いては、襟付きのシャツとジャケットは着るようにしている。文化部記者の頃とあまり変わりないが、授業をする時はジーンズは履かない。これはたぶん大学生との違いを出すためかもしれない。こちらは先生だ、という「威厳」の演出か。

ただ周りを見ていると、ジーンズやTシャツの先生も多い。教え始めてほぼ11年たったが、もはや「威厳」はいらない気がしてきた。問題は、ラフな格好の方がジャケットを着るよりも高度なこと。さて、授業は明日まで。温かくなったら考えよう。

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