『風の電話』の勝利
始まったばかりの諏訪敦彦監督の『風の電話』を劇場で見た。ある映画関係の審査で諏訪監督と一緒になり、話題になったので見なければと思った。彼の映画はかなり特殊な設定に俳優たちを置いて、即興で自由に動かす。『ユキとニナ』(2009)にしても『ライオンは今夜死ぬ』(17)にしても。
今回は、東日本大震災で小学生の時に家族を亡くした17歳の高校生のハル(モトーラ瀬里奈)が、叔母(渡辺真紀子)と住む広島から故郷の岩手県大槌町に行く物語。悲しみを奥に抱え込んだハルが、故郷に帰る道のりのなかでさまざまな生き方をする優しい人々に出会い、心を開いてゆくロードムービーだ。
老婆と暮らす中年男(三浦友和)、出産直前の女と父親でもないのにその面倒を見る男、福島の元原発作業員で車の中で暮らす森尾(西島秀俊)、彼が探すクルド人の家族、森尾の両親、大槌町の亡くなった親友の母親、そして「風の電話」を探す東京の少年。
ほとんどドキュメンタリーのように撮られていて、実際に何も起こらないのだが、見ていてだんだん心が和んでいく。そして東北の風景が現れてきた時に、凍りつく。大きな道路の両側に打ち捨てられた家と新しく建てられた家が混じり、荒涼とした人工的で非人間的な風景が続く。ハルの家はコンクリートの基礎だけが残り、水たまりだらけ。
ハルはその水たまりに足をつけて歩く。亡くなった家族に話しかけながら。そこに鳥の声、波の音、強い風と木々の音が夕日が照りかける。そして「風の電話」でのハルの10分間の独白となる。カメラは動かないが、ハルの声を周りの音と共に聞いてその電話ボックスを眺めていると、暖かい空気が満ちてくる。
「被災者の移動」というワンテーマだけで、これだけのインパクトのある映画が撮れるものだと感心した。クルド人の家族が特にそうだが、ハルが出会う人々のリアリティがこの映画の緊張をつないでいる。その意味では、渡辺真紀子や三浦友和や西島秀俊が普通の標準語を話しているのは、少し気になった。
もちろん諏訪監督は彼らに広島弁や東北弁を話させれば、かえって芝居がかってしまうと思ったに違いないのだけれど。その中では、西島の父を演じた福島出身の西田敏行の東北弁の語りは気持ちよかった。ベテランの俳優があえて素の状態で、原発への怒りを表現していて、一番いいシーンだったと思う。
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