『リチャード・ジュエル』の透明な感動
最近のイーストウッドの映画は、澄み切っている。『ハドソン川の奇蹟』にしても、『15時17分、パリ行き』にしても。あえて敵と味方を単純に分けて、するすると真相を見せてゆく。今回の『リチャード・ジョエル』もこの2本と同じく実際の事件を基にしたものだが、さらに透明感があった。
2時間11分もあったはずなのに、あっという間に終わった。起きた事件の重大さを考えたら、こんなにさらりと終わっていいのか、と思ったくらい。終わりの艶やかな音楽と共に、静かな満足感が広がる。
この映画は、アトランタオリンピックの警備員、リチャード・ジョエルの悲劇を見せる。真面目過ぎるくらい真剣に警備をして、不審物を見つけて通報し、大惨事を逃れる。そして彼は「ヒーロー」としてテレビや新聞で話題になった。
ところがFBIは発見者=犯人という最近の例を参考に、彼を一番の容疑者と考える。地元紙にリークしたことからメディアは過熱し、一転して犯人として自宅に押し掛けられる。リチャードは10年前に知り合った弁護士に助けを求める。
リチャードを演じるポール・ウォルター・ハウザーがいい。小太りで警察や警備が大好きで生真面目でオタクっぽい。前の大学の警備の仕事では飲酒の学生を注意し過ぎて、学長に辞めさせられたくらい。前半は見ていて不安で一杯になる。
この不器用でお人好しの太った白人を、エリートのFBI捜査官やジャーナリストが追い回す。リチャードはそれでも警察に協力しようとするが、弁護士や母の助けによってようやく政府やメディアの真実を悟ってゆく。いかにも危なそうなリチャードを守る弁護士役のサム・ロックウェルや母役のキャシー・ベイツのベテラン俳優陣の存在感で、最後まで安心して見ていられる。
今の言葉で言えば「フェイクニュース」が無限に広がる話。これは1996年の事件なのでSNSはないが、もしあったらリチャードや母は自殺していたかもしれないと思う。イーストウッドは20年以上前の事件を見せながら、そろりと現代社会に疑問を突き付ける。この澄み切った名人芸は、果たしてあと何本見られるのだろうか。
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