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2020年1月12日 (日)

『フォード vs フェラーリ』を楽しむ

ジェームズ・マンゴールド監督の『フォード vs フェラーリ』を劇場で見た。もともとカーレースの映画は好きだし、アメリカのゴールデングローブ賞で複数にノミネートされていたので、気になっていた。

結果は大当たりで、久しぶりに爽快なアメリカ映画を見た気分になった。2人の男が1967年のル・マンでの優勝を目指してあらゆる困難に打ち勝ち、その目的を(ほぼ)達成する。映画はその過程を細やかに淡々と描き、さらりと終わる。

こういう映画の感想を書くのは難しい。いまどき、「男の映画だ」と言うわけにもいかないが、実際に男たちの戦いの記録としか言いようがない。とにかく出てくる男たちが個性的で魅力たっぷりだ。冒頭に1959年のル・マンが出てくる。英国のアストン・マーティンのドライバーとしてアメリカ人で初めて優勝したキャロル・シェルビー(マット・デイモン)は、心臓病のため、カー・デザイナーに転じる。

フォード社では、宣伝部のアイアコッカ(この名前は私でも知っている)がル・マンなどのレースへ出るためにフェラーリの買収を提案する。2代目社長はそれを承諾するが、フェラーリは最終段階でこの提案を蹴る。怒った社長は国内での開発を命じ、シェルビーに依頼する。シェルビーは英国人の敏腕ドライバー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)に助けを求める。

シェルビーやマイルズはもちろんだが、アイアコッカや2世社長やフェラーリの社長まで、とにかく面構えがいい。それぞれが画面に出てくるだけで嬉しくなる。シェルビーとマイルズに立ちはだかる副社長はこの映画で唯一の徹底的な悪役だが、それでもどこか魅力的に描かれている。そしてフォード社やシェルビーの会社、フェラーリのモデナの本社、ノル・マンの様子などが実にうまく再現されている。イタリア語やフランス語もそのまま。

前半はマイルズを采配してフォード社との間の交渉を進めるシェルビーの物語だが、後半は1967年のル・マンの24時間レースで勝利に向かうマイルズの戦いをたっぷり見せる。さまざまなアクシデントを乗り越えてフェラーリの車を何とか追い越して首位に立つが、最後にとんでもない障害があった。マイルズを演じるクリスチャン・ベールの佇まいや仕草に泣けてくる。

24時間、2人のドライバーが同じコースをぐるぐる回る。最後はそれだけを30分以上見た気がするが、全く退屈しない。時おり出てくるシェルビーやスタッフや2世社長、副社長などがきちんと写る。少しだけ見せるフェラーリの社長さえも、味な演技を見せる。もちろん現代のアメリカ映画なので男たちだけでなく、マイルズの「家族」も出てくる。妻も子供もパパを応援するだけではなく、きちんと生きた姿を見せる。

かつてのアメリカ映画にあった「透明」な面白さを久しぶりに見た。どこをどう演出したというより、あらゆる細部が次第に組み合わさって巨大な機械が動き出す感じと言ったらいいのか。ハワード・ホークスの映画のようだと思ったら、「朝日」のこの作品の映画評で森直人氏がこの監督の名前を挙げていた。

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