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2020年2月15日 (土)

試験監督をしながら考えたこと

先週から今週にかけて、入試業務が続いた。小論文の採点、面接などはすることがあるからまだいいが、一番つらいのは試験監督。60分や90分、何もせずに歩いたり腕組みしたりして、必死で答案を書く受験生を「監督」する。

もちろん、読書やスマホいじりは厳禁。特に今はすぐにSNSに書かれてしまう。そこで何をするかと言えば、学生の顔を見ながらこのブログのネタを考える。というより、20歳前の受験生たちを見ていると、自然といろいろな思い出が蘇ってくる。

受験には昼休みがだいたい1時間あるが、多くは弁当を持参する。あるいは朝コンビニで買ったものを広げる。私が受験の弁当で思い出すのは早稲田大学を受けた時のことだ。当時はコンビニは存在しなかったせいか、大学構内で弁当を売っていた。少し早く大学に着いた私は、試験前に学内で売っていた弁当を買った。どこかに売っているだろうと思っていた記憶がある。

昼休みにはそれをベンチで広げたが、当時は自販機が学内になく、飲み物がなかった。一人で冷たい弁当を喉を詰まらせないようにゆっくりと噛んで食べながら、東京で生きていくのは大変だろうな、と思った。ほかにも大学は2つ受けたが、なぜか早稲田で冷たい弁当を喉を詰まらせながら押し込んだことだけは覚えている。

早稲田では試験の後に、近くの本屋に行った。今考えると成文堂のようだが、永井荷風の翻訳詩集『珊瑚集』を買った。岩波文庫の薄い詩集で書店の青いカバーで覆われていたが、今も本棚のどこかにあるだろうか。永井荷風は今の私が読んでもおもしろいが、高校3年生の時にもう関心があったのだと思う。

早稲田は文学部を受けた。その時は2年生になったら中国文学かフランス文学か国文学を選ぼうと思っていた。結局早大には通ったが行かずに、払った25万円の入学金はムダになった。国立大学の発表前に入学金を収めないと合格を取り消すというこのひどいシステムは後に批判されてなくなったが、当時は普通だった。

それから6年たって早稲田の修士に入学した。1年ほど前に亡くなった母は、修士の時に「入学金は一度払ったはず」と言ったが、もちろんそんな理屈は通用しない。母は「念のために大学に聞いてくれ」と懇願したが、私は取り合わなかった。今思うと早稲田に電話して嫌味の一つくらい言ってもよかったなと思う。

昔のことを思い出すと、結局母にたどり着くことが多い。

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