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2020年2月19日 (水)

『覗くモーテル観察日誌』を覗く

文庫になったゲイ・タリーズ著『覗くモーテル観察日誌』を読んだ。先日の「朝日」の書評で短く紹介されていたのが気になってアマゾンで買った。とても書店では恥ずかしくて手にできないタイトルだし、表紙はさらに煽情的だから。

ゲイ・タリーズはアメリカのニュージャーナリズムの旗手として『王国と権力』や『汝の隣人の妻』が有名だが、読んだことがなかった。読んでみると、これは三重構造の本だった。まず、覗かれるさまざまなカップルがいる。それを覗いて思考をこらすモーテルのオーナー(というより覗くために覗き穴付きのモーテルを建てた)ジェラルド・フースがいて、彼からもたらされたメモをもとに性について深く考え、出版すべきか悩むタリーズがいる。

いきなりさまざまなセックス場面を読めるかと思うと、それはたぶん全体の半分で、彼らを見ながら愛や社会について考えるフースがいる。彼は覗きを理解する妻と結婚して長年暮らし、後半にはさらに若い女性と再婚する話まで出てくる。彼の文章は太字になっている。

もともとは、1980年に既に著名なジャーナリスト、タリーズのもとに、15年間モーテルのカップルを観察したというフースから手紙が届くことから始まった。「あなたにこうした秘密情報を提供したいと考えたいちばん大きな理由は、これが一般の人々にとってーとりわけ性科学研究者にとってー価値ある情報にちがいないと信じてやまないからです」。この真面目過ぎる動機に驚く。

タリーズも劣らず真剣で、「魅力的なカップルが何時間もベッドにいるにもかかわらずセックスもしないで、どの番組を見るかという口論を繰り広げている」のにストレスを感じ、「いまやこの国はテレビ中毒者だらけになりはてた」と嘆く。

もちろん変態の描写は多い。女がトイレに行ったすきに彼女のバーボンのグラスに放尿して、「うまいだろう」と言う男。男性2人で来て、若い方はヤギのコスチュームを羽織り、連れの男が後ろから入れるたびに「めえ、めえ」と声を挙げた。これに対しては「この状態は変態行為に分類できるかもしれないが、断じて糾弾してはならない」とタリーズは書く。ハンサムな男性がやってきて、スーツケースから女性の衣装を取り出して着替え、どこかに出かけたこともあった。

もちろん普通の夫婦もいる。40代のカップルは夫が妻に誘うが、結局勃起しない。妻は「もう3週間も役立たずなんだから、なんでまた、こんなしみったれたモーテルの部屋なんかで、しつこくやりつづけようとするの」と罵って、シャワーを浴びる。夫は涙を垂らしながら、マスターベーションを始めるが、十分に大きくなり射精する。

これに対してフースは書く。「妻が性的な教養を身につけていれば、夫にオーラルセックスをほどこすかペニスを手指で刺激するといった方法で、夫の不能状態を即座に治療することもできただろう。/妻はセックスにおける前戯すべてが白眼視されるような環境に生まれ育ったのかもしれない。おそらくこの夫婦はこれからもずっと、こういった混乱と無知に凝り固まったままだろう」

まさにタリーズとフースの文明批評である。今日はここまで。

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