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2020年3月19日 (木)

ドイツ占領下のフランス映画を見る:その(1)

4月から授業が始まるのかわからないが、その準備のために第二次大戦中のドイツ占領下のフランス映画をDVDで見ている。「ドイツ占領下」と言ってもそんなに区切りが簡単ではないことは、wikiを見るだけでもわかる。映像でも有名なパリへのヒトラーの無血入城が1940年6月16日で、それからペタン元帥は休戦条約を締結し、対独協力のヴィシー政権ができる。

中部のヴィシーより南はフランスの自治区になるが、パリを含む上半分はドイツ占領下となる。それから1942年11月からはドイツ軍がフランス全土を占領し、43年6月の連合国によるノルマンディー上陸まで続く。8月にパリが解放され、1945年2月にアルザス=ロレーヌ地区も奪回。そして5月にドイツの降伏。

だから、1939年に作られたジャン・ルノワール監督の傑作『ゲームの規則』は含まれない。しかし私の中ではこの映画には対独レジスタンスの雰囲気があった。ルノワール本人が演じるオクターヴのセリフ「この世界には恐ろしいことがひとつある。それは、すべての人間の言いぶんが正しいということだ」のように、この映画には完璧に正しい人も悪い人も存在しない。

そんな人々のどんちゃん騒ぎで、いくつもの愛が露呈し、死人まで出る。みんなやりたい放題だ。そして貴族の1人が言うように「時代は変わった」。これまでの序列や価値が壊れ、混乱の中で新しい世界がほのかに見える。

この映画は1939年7月に公開されるが不道徳だとして批判を浴び、1カ月で上映中止に追い込まれた。それからドイツの占領が始まる。『ゲームの規則』が占領期の始まりを予告する傑作だとすると、その終わりを知らせるもう1本の傑作は1945年3月にプレミア上映されたマルセル・カルネ監督の『天井桟敷の人々』ではないか。

この映画の冒頭のクレジットには、「隠密協力」Collaboration dans la clandestiniteとして、美術のアレクサンドル・トロ―ネルと音楽のジョゼフ・コズマの名前が出てくる。その前に美術や音楽はほかの名前が出てきているのだが。トローネルやコズマはハンガリー出身のユダヤ人なので、当時は身を隠して撮影に参加していた。

そうした人々が名前を出せたということが、フランスの解放を知らせる。クレジットが流れる時に背景には舞台の幕が写っており、クレジットが終わると幕が開く。すると「犯罪大通り」に何百人という庶民がひしめきあっている。この明るさ、楽しさはまさに「解放」である。本来はパリの通りだがドイツの影響の弱い南仏で撮られたために、いよいよ太陽の明るさが増している。

そこで「全裸の美女」と宣伝される怪しげなストリップ小屋の中では、ギャランス(アルレッティ)が風呂に入って鏡を見ているだけで、裸は見えはしない。まるで日本の「額縁ショー」みたいだ。『天井桟敷の人々』の舞台は19世紀初めだが、何となく「戦後」の何でもありの風俗に見えてしかたがない。今日はここまで。

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