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2020年3月 3日 (火)

「最後」の東近美で「ピーター・ドイグ展」を見る

先日、東京国立近代美術館の工芸館が金沢に移転するので見に行った話を書いたが、コロナウィルス騒動で東近美自体が28日に閉じることになった。東近美本館で始まったばかりの「ピーター・ドイグ展」は6月14日までだが、今の雰囲気だといったん閉じたらいつ再開するかわからない気がして、28日に慌てて見に行った。

ピーター・ドイグの作品はたぶん見たことがなかった。だがチラシなどで見る限り、私好みの画家に思えたので期待していた。結果としてその期待は裏切られることがなかった。

多くは、静かな風景の中でたたずむ人間を描いている。先日東京都美術館で見たハマスホイやエドワード・ホッパーのような、ちょっと不穏な気配が漂う。景色はもっと感情に歪められたものが多く、ゴーガンやゴッホやムンクを思わせる絵もある。その深い物語性にうっとりと見入ってしまう。

現代美術はおよそ「物語」というものを否定する作品が多いが、彼の絵では個人の小さな心のドラマが濃厚に記されている。都会を離れてほとんど人影のない場所で1人で考えるに耽る快楽のようなものが、画面から伝わってくる。

2m×3mくらいの大きな絵が多い。会場は大きな2部屋を細かく仕切らずに使い、かつその2部屋も2か所開いていて行き来が自由だ。そこには自由に観客一人一人の気分で動くことのできる雰囲気があった。

後半には狭い通路にさまざまな映画にインスピレーションを受けた手書きポスターのような作品が並んでいる。『カビリアの夜』や『抵抗』や『気狂いピエロ』などの古典から『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ぼくのエリ 200歳の少女』など最近の作品も。『羅生門』や『HANA-BI』のような日本映画もある。どれも通好みの作品ばかり。

しばらく見られないかもと思って、常設展もざっと見た。ここは数カ月おきに作品が変わるのでいつも発見がある。丸山直文や秋岡美帆や小林孝亘の絵を見て、見たばかりのピーター・ドイグを思った。

2階のミニ展示の北脇昇展もよかった。私は有名な《クォ・ヴァディス》(1949)しか知らなかったので、30年代の記号を組み合わせた絵の哲学的な探究に驚いた。この画家は戦時中に何を考えていたのだろうか。やはり東近美はすばらしい。ところで、いつ再開するのだろうか。

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