『聖なるズー』の衝撃
濱野ちひろ著『聖なるズー』を読んだ。昨年末に出ていくつかの書評で話題になっていた本だが、いわゆる「獣姦」を扱ったもののようなので遠慮していた。本屋で犬の大きな写真を使った表紙がいい感じなので手に取ると、いきなり「プロローグ」に著者が受けた性暴力の話が出てきた。
「プロローグ」の出だしは「私には愛がわからない」。そして「私がわからないのは、恋人への愛と、それに往々にして絡みついて現れる性愛だ」。彼女は19歳から10年間、ある男性に性暴力を受けていたという。そこまで読んですぐに本を買った。
著者はそんな日々を経て、「私は思い切って三十代の終わりに京都大学の大学院に入学することにした。選んだのは、文化人類学におけるセクシュアリティ研究だった」。そこから「動物性愛」に関心を持った。それは「獣姦」=bestialityではなく、英語ではzoophiliaと言う。
著者は「動物性愛」の唯一の団体「ゼータ」がドイツにあることを知り、現地に向かう。この本はそこでのインタビューを中心に語っている。一読して、かなり衝撃を受けた。
私はLGBTQに関してはほぼ抵抗はないが、「獣姦」はちょっと違うと思っていた。しかし周囲には犬に異常なほどの強い愛情を抱いている知人が数人いる。この本に出てくるドイツの「動物性愛」の人々は、それが少し先に進んだに過ぎない、という気がしてきた。
「現在、ゼータに所属するメンバーは三十人程度だ。ほぼドイツ在住のドイツ人で、男性が圧倒的に多い」。筆者はネットで彼らに近づき、時間をかけて接触するうちに複数からインタビューを受けてもいいという返事が届き、現地に向かう。ベルリンにアパートを借りてそれぞれの家に会いに行き、相手が許せば泊まって数日を共に過ごす。
最初に会った男性のミヒャエルは、メス犬のキャシーを「パートナー」として暮らしている。その前のパートナーはオスで「セックスでは動物のペニスを自身の肛門に受け入れる方法を取る」。キャシーとは性交がない。理由を尋ねると「彼女が求めないからだよ」。「相手がしたくて僕もしたい時にするんだよ。それがセックスだと僕は思う」
極めて真っ当である。この本に出てくるのは犬が相手の人が多いが、馬が相手の人もいる。ザシャはねずみたちと暮らしている。全員に名前を付けて個性も完全に把握しているが、もちろん肉体関係はない。
この本には実際に犬が人間を誘ってくる場面も出てくる。あまりに生々しいのでそれは書かないが、実に興味深い読書だった。ところで、この筆者は今後どの方向に進むのだろうか。
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