1時間で読んだ『猫を棄てる』
村上春樹の新刊エッセー『猫を棄てる 父親について語るとき』を読んだ。大きな字の小さな本で後書きも入れて101ぺージ、1時間ほどで読み終えた。私は昔から村上春樹のファンではない。ある評論家が書いたように「結婚詐欺師」とは思わないが、主人公のどこか気取った生活ぶりに違和感があった。
しかしながら彼の書いた本は半分以上読んでいる。特に最近は「論座」で書評を書くこともあって、新作は全部読む。今回は特に副題の「父親について語る」というのが気になった。もともと彼のエッセーは小説より好きだし。
この薄く軽い本を手に取ると、誰もがノスタルジックな気持ちになるだろう。上質の紙に、海岸で大きな段ボール箱に入った少年が本を両手にあたりを見ている抒情的なイラストが描かれている。そして書名の「猫を棄てる」は光沢のオレンジでカラ押し(文字部分がへこむ)。中を開けると、題名の次のページは見開きで、小さな段ボールに入った猫を抱える少年と自転車を押す後ろ向きの男。
こんな絵が小説のところどろに10枚くらい出てくる。その絵があまりに詩的でまず読む前にパラパラと眺めてしまった。思わずイラストレーターの名を探すと、何と表紙の「村上春樹」の下に絵・高妍とあった。まるで合作で、この扱いは大きい。
さらに終わりの著者略歴の下に「高妍(Gao Yan・ガオ・イェン)」として短い略歴もある。台湾の1996年生まれで、漫画やイラストを描いているという。考えて見たら、村上春樹の本はこれまでも和田誠や安西水丸などの著名デザイナーやイラストレーターの絵が多かった。それが今回は若い台湾人女性を抜擢したのだろう。
「あとがき」で「文藝春秋」に載った原稿を「短い文章なので、どのような形で出版すればいいのか、ずいぶん迷ったのだが、結局独立した一冊の本として、イラストレーションをつけて出版することに決めた。内容や、文章のトーンなどからして、僕の書いた他の文章と組み合わせることがなかなかむずかしかったからだ」「彼女の絵にはどこかしら、不思議な懐かしさのようなものが感じられる」
なぜ他の文章と一緒にできないかというのは、読めばわかる。自分の父親についてのプライベートな話だから。それでも特に何の秘密があるわけでもない。彼の父親が3度も徴兵されたことや母との出会いが細かに書かれているだけ。
それよりも、冒頭に出てくる、父と猫を棄てに行く話にグイっと持って行かれる。西宮の夙川の小学校低学年の頃、大きくなった雌猫を棄てに父と海岸に行く。猫をいれた箱を海岸に置いて自転車で帰った。
「そして自転車を降りて、「かわいそうやったけど、まあしょうがなかったもんな」という感じで玄関の戸をがらりと開けると、さっき捨ててきたはずの猫が「にゃあ」と言って、尻尾を立てて愛想良く僕らを出迎えた」
この「にゃあ」にやられた。もちろんこれは出だしのイメージみたいなもので、メインとなる父と戦争、父母の出会い、作家の父との不和については、たぶん後日。
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