『ペイン・アンド・グロリー』の哀しみ
映画館が少しずつ再開してきた。6月19日公開のペドロ・アルモドバル監督『ペイン・アンド・グロリー』は予定通り行くと考えてアップする。見たのは3月か。私は前作『ジュリエッタ』(2016、本当は発音からすると「フリエタ」のはずだが)が大好きだったので、今回はまたあの路線を期待したが、別の違う方向に行った。
『ジュリエッタ』のような強烈なドラマはない。かつて有名だった監督のサルバドール・マヨ(アントニオ・バンデラス)は、今は引退同然で豪邸に引きこもっている。4年前に母が亡くなり、体の調子もよくない。映画はそんなサルバドールが過去を思い出し、少しづつ元気が出てくるまでを淡々と描く。
そのきっかけは、32年前に監督した映画『風味』がシネマテーク(実際は「フィルモテーカ」と発音)でデジタル復元されて上映されるという知らせが来たこと。主演のアルベルト・クレスピ(アシエル・エチュアンディア)と共に上映後に挨拶をしてくれと頼まれる。
サルバドールはアルベルトを訪ねるが、かつてこの映画のプレミア上映でサルバドールはアルベルトを酷評したことがあった。アルベルトは嫌々ながら会うが、2人でヘロインを吸ううちにだんだん打ち解けてくる。
アルベルトはヘロインを吸うごとに母との懐かしい日々を思い出す。若い母(ペネロペ・クルス)が女友達と川で洗濯をしながら歌う歌声。その声を受け継いだアルベルトは教会で合唱隊に選ばれる。洞窟のような家に引っ越しても、母は元気に息子を育てる。そして亡くなる直前の老いた母(フリエタ・セラーノ)の思い出。母はどんな葬儀にして欲しいかを細かく息子に指示をした。
そんな追憶に耽りながら、2人の男の思い出が忽然と蘇る。1人は1981年にマドリッドで一緒に暮らしていた男性。もう1人は洞窟の家に暮らしていた少年の頃、アルベルトにアルファベットを教わる代わりに家にタイルを張っていた画家志望の若い男。
だから母のことも男たちの話もすべては追憶の彼方の物語。それを思い出す老いたアルベルトが着る服や部屋の内装は青や赤や黄色の原色で、見るたびにはっとする。テーブルにアントニオ・ロペスの厚い画集があったり(私は同じものを持っている)、本棚にソットサスやマノロ・ブラニックの本があったり、フェルナンド・ペソアの文章が読まれたり。
ある意味ではデザインされ過ぎた空間なのだが、なぜかこれと数々の追憶がうまく波長があう。『ジュリエッタ』は女の物語だったが、今回は男の話でアルモドバル本人の自伝的である。ストーリーの面白さは減ったが、その分人生の哀しみは強くなった。特に昨年母を亡くした私には強く響いた。
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