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2020年5月24日 (日)

追憶のアメリカ館:その(7)

1984年から85年のアメリカ館には、前に書いた武田潔さん以外にも個性的な日本人が多かった。武田さんは既に2、3年前から住んでおられたが、仏文学者、評論家として有名な中条省平さんは私と同じく84年秋の入居だった。

もちろん当時は中条さんは全く無名だったが、その秋にアメリカ館に住み始めた日本人同士はすぐに仲良くなった。今はフランス人の彫刻家と結婚してパリの日本文化会館勤務の栗原一栄さんや、音楽家と結婚してパリに住んでいる料理研究家の相原由美子さんなどがそのグループだった。

相原さんは東京の出版社で料理雑誌を数年担当した後に、パリにやってきた。だから料理がうまく、博士論文を書いている中条さんたち日本人大学院生に「中華街でもやし買ってきて」などと命令して料理を振る舞っていた。確かパリ第7大学の文化人類学の修士課程に在籍し、修士論文は「パリにおける日本料理」だったが、院生たちが大いに手伝ったと後で聞いた。

彼女はその後ジョエル・ロブションなどフランス人の有名シェフの本を日本で出したり、彼らに日本料理を教えたりしていたが、お元気だろうか。90年代半ばにご自宅で一度お会いしたきりだ。

栗原さんが勤めているパリ日本文化会館は、私が最初に働いた国際交流基金のパリ事務所を兼ねていたので、偶然にも同僚のような形で再会した。その後も連絡を取り続け、4年前にパリに半年住んだ時にはご自宅にも伺った。

もう1人、みんなから「天才くん」と呼ばれた芸大出身でコンセルバトワールで作曲を学んでいた方がいたが、名前が思い出せない。彼は映画の見方が独特だった。さらにもう1人、派手な化粧の女性がいたが、この方も名前が記憶にない。みなさん私より7、8歳くらい上だったから、私は弟扱いだった気がする。私と唯一の同世代にI君がいたが、彼とは連絡が途絶えてしまった。

当時の写真が数枚あって、みんな楽しそうに写っている。さらにアメリカ館ではなく日本館などほかの館に住んでいた方々にも親切にしていただいた。現在はみなさんいろいろな大学で仏語や仏文学を教えておられるが、吉村和明さんと北村陽子さんご夫妻、谷正親さんなどは今もお会いするし、渡邉芳敬さんや山本昭彦さんなどにもお世話になった。

彼らはみんな映画好きで、会うと映画の話ばかりしていた。なかでも極めつけは中条省平さんだったが、今日はここまで。昔話を始めると、キリがない。

 

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