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2020年7月 1日 (水)

下川正晴著『ポン・ジュノ』を読む

下川正晴氏の『ポン・ジュノ 韓国映画の怪物(グエムル)』を読んだ。下川氏の本は昨年『日本統治下の朝鮮シネマ群像』についてここに書いたが、元毎日新聞ソウル支局長の韓国通である。彼とは1年半前の学生主催の映画祭「朝鮮半島と私たち」の時に初めて会った。

今回の本は既に直接内容を伺っていたり、フェイスブックで読んでいたので既視感はあったが、それでもこれまでにないタイプの本で刺激的だった。我々のような映画研究者や映画評論家は絶対に書けない本だから。

映画関係者は「映画的」というわけのわからない言葉が好きだ。映画をたくさん見ていないとわからない美学とでも言うのか、とにかく映画や監督を論じるのに作品世界だけで完結させようとする。ところが下川氏は『パラサイト』という1本の映画から始まって、韓国の社会や政治や経済や歴史を論じる。その追求ぶりがすごい。

つまり、描かれた世界が実際の現代の韓国を本当に描いているか、ポン・ジュノは韓国でどういう世代に属するなのか、ポン・ジュノはどういう家系や環境で育ったのか、『パラサイト』を製作したCJエンタテインメントとは何なのかなどを徹底的に追いかける。

日本ではそうしたことはほとんど話題にならない。アカデミー賞受賞直後の「朝日新聞」は、夕刊1面でソウルの半地下の写真を数点紹介していたが、映画は現実とばかりに遮二無二探した感じ。ところが下川氏は半地下に住む世帯は今は1%くらいに下がったと述べて、映画は「現在よりも「過去の表象」に近い」と書く。

「映画『パラサイト』の最大の欠点は、現代韓国の繁栄と奢侈の象徴である「江南」(カンナム)がワンシーンも登場しないことだ。金持ちパク家は城北洞、貧乏なキム家は阿峴洞と、その所在地はいずれも江北であり、むしろ1980~1990年代には典型的であった「貧富格差」地域なのである」

ポン・ジュノの世代に関しては、「日本の映画関係メディアでは、ポンジュノを「86世代」として扱うことが恒例になっているが、こういう分類は短視眼的だと思われる」「映画監督としての資質を養成したのは、1970年代から韓国で受容されてきたマンガを中心とする「オタク文化」である」

この映画の評価とは関係ないが、ポン・ジュノが李明博や朴槿恵など保守派の大統領によって作られた「文化芸術界のブラックリスト」に載っていた話もおもしろい。彼のほか、パク・チャヌクやイ・チャンドンなどの監督もらしい。「韓国映画は常に政治的視線にさらされており」とのこと。ポン・ジュノがその時期にアメリカで『スノーピアサー』や『オクジャ』を撮ったのはそうなのか、と思う。

もっとあるが、今日はここまで。

 

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