本を書いて考えたこと:その(3)
『美術展の不都合な真実』は発売2週間にして、重版となった。まさか売れる本だとは思っていなかったのでびっくりである。正直なところ、こんな美術業界の人々にしかわからない話をして、誰が読むのだろうかと思っていた。
少しだけ期待したのは、いわゆる関係者層。美術館の学芸員や職員、マスコミの文化事業部のスタッフなどが「よく書いたなあ」「意外にタメになるなあ」と言いながら読み、秘かに広がるのではないかとは思っていた。ところが発売早々から好調で、この数日は一月前に同じ新潮新書から出た百田尚樹著『バカの国』を上回る勢い。
どんな方に買ってもらっているのかはわからないが、ツイッターなどを見ると、いわゆる普通の「美術ファン」が多そうだ。つまり若冲やフェルメールなど話題の「混む」展覧会に年に2、3度行く人々ではないだろうか。
本のオビにはこう書いてある。
「✔入場前から大行列 ✔チケット高騰 ✔お土産ショップに強制入場 ☜全部ワケがある 元企画者が裏事情を徹底解説」
つまり最近特にイベント化して大勢の人々が詰めかけるようになった美術展にまつわる「ナゼ」を解説してあげますよ、というノリである。もちろんこれは編集者が案を出して社内の「オビ会議」で検討された結果であって、私は関係ない。ただし「元企画者」が「元朝日新聞事業部員」として出た時はさすがに反対した。
広告ならば仕方がないが、オビは本の一部なので「元朝日」は売り物にしたくなかった。知り合いに渡すのにこう書かれているのは嫌だと思った。編集者は私の意見を編集長に伝えて、無事「元企画者」になったのでホッとした。
個人的には、書きたかったことは3つあった。1つは新聞社やテレビ局と国立美術館が組んで日本の展覧会をおかしくしていること、2つ目はそれには明治からの歴史的要因があること、3つ目は平成になって収益追求型の展覧会が増えたこと、である。
つまり「業界裏話」だけではなくて、「読んでタメになる」ような歴史的考察もしようと思っていた。明治から大正にかけて日本で博覧会が流行って美術館・博物館に収斂されていく時代は、映画が生まれて急速に広がる時代と重なっている。そういうことも書こうと思っていたが、ちゃんと書けたかどうか。
いずれにせよ、出たものは仕方がない。次は少しはまともな本を書こうと思っている。
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コメント
ご無沙汰しています。弘前の三上(といってもわからなければ、昔なみおか映画祭をやっていた三上)です。「美術展の不都合な真実」すこぶる面白く拝読しました(ブログ愛読者でもありますけれど)。
というのも、4月15日オープン予定で、今は細々と他国者入場禁止の予約制プレオープン中の「弘前れんが倉庫美術館」の館長になったため、いそいで読む羽目になったのでした。
館長といっても名ばかり館長ですが(HPには名前さえ出てこない)、美術館自体は弘前市という町に似合ったなかなかの建物ですので、コロナ禍収まった頃に是非お出で願いたく、その際はいつでもお声がけください。
投稿: 三上雅通 | 2020年6月10日 (水) 17時16分
「美術館の不都合な真実」を拝読しました。
大学生のころから東博の常設展が何より好きな美術館(博物館)だった私にとっては、企画展の裏事情と美術館の立場を知るうえで大変興味深い内容でした。
一時期パリに住んでいたこともあり、海外の美術館と日本のそれとがあまりにも違うことに、自分の中で何となくもやもやしたものがありました。本書の内容から、その違和感がていたものが少しずつ整理されました。
美術館、あるいは美術そのもののありかたを考えていくうえで貴重な示唆を与えてくれる一冊です。ありがとうございました。
投稿: Taku.K | 2020年6月13日 (土) 08時08分