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2020年6月 4日 (木)

再開した映画館に行く:『希望のかなた』

6月1日から再開した映画館にようやく行った。新作がまだ出揃っていないこともあり、ユーロスペースでアキ・カウリスマキ『希望のかなた』を見た。2017年の作品だが、35㎜プリントで上映するというのに惹かれた。

最後に映画を見たのが4月7日の『ようこそ革命シネマへ』で同じユーロスペースだった。2カ月間もスクリーンで映画を見なかったのは、約40年前に大学に入学してからおそらく1度もない。どんなに仕事が忙しくても、原稿の締め切りが迫っていても、週に1度は見ている。

今回見たのが35㎜でよかった。冒頭、バチバチと音がして雨が降ったような縦の亀裂があちこちに走る画面で始まった時に、体が震えた。40年のうち30年以上はそういう状態で映画を見てきたから。亀裂は数秒で収まり、濃紺の画面が広がる。そこに黄色でフィンランド語の文字が鮮やかに出始めた。

濃紺は夜の港だった。真っ黒な塊から、何かが動き出す。それは石炭に埋もれた男で、服も顔も真っ黒。男は船を抜け出し、無言で夜の街を走り出す。一方、家の中では体格のいい不機嫌そうな中年男が、突然テーブルに座る女に鍵を渡してトランク1つで家を出る。

船から抜け出した真っ黒な顔の男カーリドは駅でシャワーを浴びて、警察へ向かう。そこでシリアからの難民であることを述べて、難民申請の場所を案内される。彼はトルコやギリシャやハンガリーを経て、フィンランドに着いたと述べて、難民収容所へ連れて行かれる。

中年男のヴィクストロムは大きな車で倉庫に向かい、自分の商売道具のシャツを売り払う。そのお金でカジノへ行って負け続けるが、最後に勝つ。そのお金でレストラン「ゴールデンパイント」を買い取るが、そこの男女の従業員はおよそやる気がない。カーリドの申請は認められず、強制送還が決まるが、カーリドは逃げ出す。

カーリドはアラブ人をいじめるネオナチ3人組に殺されそうになるが、浮浪者に助けられる。そして「ゴールデンパイント」の裏口にいたところをヴィクストロムに拾われて従業員になる。主人公2人がようやく出会うのは、100分の映画で60分を過ぎてから。

そこまでは登場人物は言葉少なく、誰も感情を表に出さない。ただそこにいて、正面を見る。時おり入る街頭の演奏だけが心を慰める。2人が出会ってからはそれなりのドラマはあるが、緊張感だけを強いられる抽象劇を見ているようだった。その禁欲的なスタイルだけが浮かび上がる映画はほとんど能に近いと思った。

とりあえず私には、2か月ぶりに見る映画にピッタリだった。

 

 

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