『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』を見る
3、4月に来た試写状のほとんどはコロナ禍で試写が中止となって役に立たなかったが、そのなかで気になっていたのが、NHK製作の百埼満晴監督・撮影『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』。ある村落を17年間追いかけたというだけで、見たくなった。
例えばリチャード・リンクレーター監督の『6歳のボクが大人になるまで。』(2014)は12年間かけてある少年を追った劇映画でこの監督のなかでもとりわけ好きだったし、同じ年に公開されたテレビ新潟のドキュメンタリー『夢は牛のお医者さん』は獣医を目指す少女を24年間追いかけた感動作だった。
だからこのNHKのドキュメンタリーにも大いに期待したが、まあまあの作品だった。それはたぶんNHK特有の演出の臭みが前面に出ていたからだろう。男性による朗々としたナレーションは田舎を賛美し、優美な音楽が盛り上げる。満開のさくらやもみじを何度も何度も写す。
さらにその農村を訪ねてゆくディレクターの人の好さそうなような「こんにちわー」という声にも気がそがれた。必死で農作業をする老人たちに、カメラを持った人の好さそうな若者がニコニコしながらすり寄る感じで落ち着かなかった。
それでも、ある一つの集落が終わってゆくさまを見続けたのは心地よかった。場所は埼玉県秩父市吉田太田部楢尾で、東京から遠くない。だから出てくる老人たちもどこかあか抜けているし、言葉もよくわかる。映画は2003年から最近までを撮ったもので、中心となるのは畑仕事をやめたムツばあさんとその夫の公一さん。
彼らは「畑を山に返す」ために、さまざまな花を植えていた。その合間に草を刈り、杉の手入れをする。数年たった春、赤や黄色や桃色の花が満開に咲き誇る。ムツばあさんは「かわいいのよ」と愛でる。実は2003年の時点で30軒ほどあった集落に実際に住んでいるのは5世帯9人だった。かつては養蚕が盛んで、家が大きいのはそのためだった。
それからさらに少しずつ住民は減ってゆく。まず元気がなさそうだった公一さんが病院に運ばれ、数年後にはムツばあさんも逝ってしまう。残ったタケシさんと妻のキヨミさんは花の世話を続けるが、10年ほどたって亡くなる。そして誰も住む人がいなくなるが、あいかわらず花は咲く。
最後は子供たちが集まる場面。遠くから見るとまだ集落があるように見えるが、近づくと家の中に鳥の巣があったり、床下には動物が住んだ跡がある。みんな「懐かしいし住みたいけど、無理だよね」と言う。
私は見ながら、母の郷里の熊本の村落を思い出していた。そこには大きな庭で鶏も豚も牛も飼っていた。私たちがやって来ると、祖母は笑いながら鶏を追い回して目の前で殺し、カレーを作った。ムツばあさんの目がその祖母に似ていた。
映画館では「サカタのタネ」のセットをもらった。コスモスの種が入っていたので、しばらくベランダで育ててみようと思う。見てよかった。
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