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2020年7月 2日 (木)

本を書いて考えたこと:その(7)NHK続き

今回のNHK出演で一番喜んだのは4人の姉たちだった。グループラインで知らせると、みんな楽しみに朝7時から待ち構えたようだ。終わると、「おちついてよかった」とか「おしゃれだった」とか。要するに、弟がテレビに出てすごいすごいという話。

「お母さんが生きとったら、喜ばしたやろ」というのもあった。1年半前に亡くなった母には、私は新聞や雑誌に文章が載ると、必ず送っていた。たぶん全文は読んではいなかったと思うが、名前が出るだけで満足だった。顔写真があればなおさら機嫌がよかったという姉の話だから、テレビに出たらさぞ喜んだだろう。

NHKからDVDが送られてきたので再度見てみると、本当に当たり前のことしか言っていない。番組はコロナ禍後に再開した美術館が、「人数制限を逆手に新たな魅力を発信」というテーマで、なぜか福岡の西日本新聞のイベント子会社の話、京都市京セラ美術館の常設展示、SOMPO美術館のゴッホの展示と続く。

そのあとに各館が所蔵品の魅力を伝えていけばいい、という文脈で私が話している。私は美術史も博物館学も専門ではないから、本来ならそこでコメントを出すのはおかしい。たまたま『美術展の不都合な真実』という本の一部に、その内容のことを書いたから出ることになった。ところが番組では本については一切触れない。NHKは商品の宣伝はしないからだろう。

しかしほとんどの視聴者にとっては、「〇〇大学芸術学部教授」が何か言っているということで、普通につながる。いくつかの美術館の事例をまとめるのに、いわゆる「座りのいい」コメントとなる。姉たちが「弟が出とる」と騒ぐのとある意味で同じで、内容ではなく「教授」という単なる記号として機能している。

新聞だと残るので、さすがにこれはない。普通はカッコで専門も書くし。ところがテレビ(も本当は今はすべて残るが)だと、すぐにみんな忘れてしまうので問題はない。たまたま美術関係者が見ていたら、「あれ、なぜ古賀さん?」と思う程度だろう。

せめて書名を出せば私が出た意味はわかるはずだが、それはない。実を言うと、新潮社の担当者から書名は出さないのが原則だから、できるだけ収録の際に本に触れた方がいいと言われていた。私はインタビューに答えながら3回は書名を出したが、その部分はもちろん使われなかった。

その日の朝の10時頃、ディレクターの女性から「どうでした?」と電話があった。私は「ごくろうさまでした。よくまとまっていたと思います」と言った。本音を言うとかわいそうに思えたから。ああいう作りを強いられているのだろう。

さらにもう1つ書くと、放映前日の夜に「先生は都知事で特定の候補者を特に応援する活動はされてませんよね」と確認の連絡があった。そんなこともあって、テレビは特にNHKは新聞よりも何倍もつらいだろうなと思った。

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